二 次 方 程 式 の 歴 史 ─ 古 代 バ ビ ロ ニ ア か ら 解 の 公 式 ま で

二 次 方 程 式 と 解 の 公 式

中 3 数 学 で 学 ぶ「二 次 方 程 式」 ─ ax² + bx + c = 0。

そ し て、 こ の 方 程 式 の 全 て の 解 を 求 め る「解 の 公 式」:

x = (-b ± √(b² - 4ac)) / 2a

こ の 公 式 ─ 一 見 複 雑 だ が、 こ の 短 い 式 が、 ax² + bx + c = 0 と い う 全 て の 二 次 方 程 式 の 解 を 一 気 に 与 え て く れ る。
こ の 公 式 が 完 成 す る ま で に、 人 類 は 約 4000 年 か か っ た。

4000 年 の 旅

① 古 代 バ ビ ロ ニ ア (紀 元 前 1800 年 頃)

現 在 の イ ラ ク 地 方 で 栄 え た 古 代 バ ビ ロ ニ ア。 こ こ の 粘 土 板 に は、 既 に 二 次 方 程 式 の 解 法 が 記 さ れ て い た。

例 え ば こ ん な 問 題:

「正 方 形 の 面 積 と 一 辺 の 長 さ の 和 が 0.75 で あ る。 一 辺 の 長 さ は?」
→ 数 式 で 書 け ば x² + x = 3/4

バ ビ ロ ニ ア の 神 官 数 学 者 は、 言 葉 で「こ う 計 算 す れ ば 解 が 出 る」 と い う 手 順 を 記 録 し て い た。
そ れ は、 現 代 の「平 方 完 成」 に 相 当 す る 手 順 だ っ た。

4000 年 前 ─ 文 字 式 も、 「+」「=」 の 記 号 も 無 か っ た 時 代 に、 二 次 方 程 式 は す で に 解 け て い た の だ。

② 古 代 ギ リ シ ア (紀 元 前 4–3 世 紀)

古 代 ギ リ シ ア の 数 学 者 (エ ウ ク レ イ デ ス、 ア ル キ メ デ ス ら) は、 二 次 方 程 式 を 幾 何 学 的 に 解 い た。
「面 積 = ?」 の 形 で 問 題 を 立 て、 図 形 の 切 り 貼 り で 解 を 求 め た。

「代 数 と 幾 何 が 分 離 し て い た」 古 代 ギ リ シ ア で は、 こ う し た 幾 何 学 的 解 法 が 主 流 だ っ た。

③ イ ス ラ ム 黄 金 期 ─ ア ル・フ ワ ー リ ズ ミ ー (9 世 紀)

8–13 世 紀、 イ ス ラ ム 世 界 は 数 学 の 黄 金 期 を 迎 え て い た。
バ グ ダ ー ド の 「知 恵 の 館」 (バ イ ト ・ ア ル ・ ヒ ク マ) で、 ペ ル シ ャ・ア ラ ブ・イ ン ド・ギ リ シ ア の 数 学 者 が 集 ま り、 古 代 の 知 を 統 合 し て い た。

そ の 中 心 人 物 が ア ル・フ ワ ー リ ズ ミ ー (al-Khwārizmī, 780 頃 –850 頃) で あ る。
彼 は『代 数 学 の 書』(Kitab al-jabr wal-muqabala) で、 二 次 方 程 式 の 体 系 的 解 法 を ま と め た。

彼 が 用 い た 言 葉 「al-jabr」 (ア ル ・ ジ ャ ブ ル ─「移 項」 の 意) が、 12 世 紀 に ヨ ー ロ ッ パ に 伝 わ り、 「algebra」 (代 数) と な っ た。

さ ら に、 彼 の 名 前「al-Khwārizmī」 の ラ テ ン 語 訳「Algoritmi」 が、 「algorithm」 (ア ル ゴ リ ズ ム = 計 算 手 順) の 語 源 と な っ た。

中 3 で 君 が 学 ぶ「代 数」 と、 プ ロ グ ラ マ ー が 使 う「ア ル ゴ リ ズ ム」 ─ ど ち ら も、 1200 年 前 の ペ ル シ ャ の 数 学 者 の 名 前 を 残 し て い る の だ。

④ ル ネ サ ン ス イ タ リ ア ─ カ ル ダ ー ノ (16 世 紀)

16 世 紀、 ル ネ サ ン ス イ タ リ ア で、 数 学 は さ ら に 発 展 し た。
ジ ェ ロ ー ラ モ ・ カ ル ダ ー ノ (Gerolamo Cardano, 1501–1576) は、 1545 年 『大 法 (Ars Magna)』 で、 二 次 方 程 式・三 次 方 程 式・四 次 方 程 式 の 解 法 を 体 系 化 し た。

こ の 時 代 に、 「+」「-」「=」「√」 と い っ た 数 学 記 号 が 整 備 さ れ、 解 の 公 式 が 現 代 と 同 じ 形 で 表 現 で き る よ う に な っ た。

⑤ デ カ ル ト (1637) ─ 現 代 的 表 記

1637 年、 デ カ ル ト (本 サ イ ト chugakusugaku2) の『幾 何 学』 で、 現 代 と ほ ぼ 同 じ 「x、 y」 の 文 字 と 指 数 (x²) の 表 記 が 確 立。
解 の 公 式 が、 現 在 の 形 で 完 成 し た。

解 の 公 式 ─ 4000 年 の 結 晶

こ う し て 現 在 の 解 の 公 式:

x = (-b ± √(b² - 4ac)) / 2a

こ の 一 つ の 公 式 に、 4000 年 の 数 学 の 歴 史 が 結 晶 し て い る。
バ ビ ロ ニ ア の 神 官 → ギ リ シ ア の 幾 何 学 者 → イ ス ラ ム の 数 学 者 → イ タ リ ア の カ ル ダ ー ノ → デ カ ル ト → そ し て 中 3 の 君。

「algebra」 と「algorithm」 ─ ペ ル シ ャ の 遺 産

ア ル・フ ワ ー リ ズ ミ ー が 9 世 紀 に 残 し た 二 つ の 言 葉:

  • al-jabr (ア ル ・ ジ ャ ブ ル) → algebra (代 数)
  • al-Khwārizmī (ア ル ・ フ ワ ー リ ズ ミ ー、 人 名) → algorithm (ア ル ゴ リ ズ ム)

こ の 二 つ の 言 葉 が、 今 や 世 界 中 の 中 学・高 校 数 学、 そ し て プ ロ グ ラ ミ ン グ・AI の 基 礎 概 念 と し て 使 わ れ て い る。

1200 年 前 の 一 人 の ペ ル シ ャ 人 の 数 学 者 が、 こ う し て 21 世 紀 の 君 の 教 室 に 生 き 続 け て い る。

二 次 方 程 式 を 解 く こ と

中 3 で 二 次 方 程 式 を 解 く と き ─ 因 数 分 解 で も、 平 方 完 成 で も、 解 の 公 式 で も ─ 君 は、 4000 年 に わ た っ て 数 学 者 た ち が 磨 い て き た 一 つ の 知 恵 を、 使 っ て い る の だ。

そ し て、 中 3 で 二 次 方 程 式 を マ ス タ ー し た 君 は ─ 高 校 で「指 数 関 数」「対 数」「微 分 積 分」 と い う、 17 世 紀 以 降 の 新 し い 数 学 へ と 進 む。

4000 年 の 旅 は、 君 か ら 始 ま り、 ま だ 続 く。