沢 庵 宗 彭『不 動 智 神 妙 録』 ─ 剣 と 禅 の 心 の表紙イラスト

沢 庵 宗 彭『不 動 智 神 妙 録』 ─ 剣 と 禅 の 心

中学校 体育 第1学年 古典 武 道 思 想禅 と 体 育心 身 一 如 目安 25 分

作者
沢庵宗彭 (たくあん そうほう)(1573–1645)
原作発表
1632 年(江戸初期 (寛永9年・1632頃))
出典
国立国会図書館デジタルコレクション / 試訳 (本サイト編集部)
底本:沢 庵 宗 彭『不 動 智 神 妙 録』(1632 年 頃)。 大 徳 寺 第 153 世・沢 庵 が、 将 軍 家 剣 術 指 南 役 で あ っ た 柳 生 宗 矩 (や ぎ ゅ う む ね の り) に 与 え た 禅 と 武 道 の 一 致 を 説 く 名 著。 「心 を ど こ に も 留 め ぬ」 不 動 智 の 教 え は、 後 の 武 道 ・ 茶 道 ・ 芸 道 に 深 い 影 響 を 与 え た。

学習のめあて

  • 沢 庵 と 柳 生 の 関 係 と『不 動 智 神 妙 録』 の 位 置 づ け を 知 る
  • 「心 を と め ぬ」 不 動 智 の 思 想 を 理 解 す る
  • 禅 と 武 道、 心 と 体 の 一 致 と い う 日 本 的 体 育 観 を 学 ぶ

本文

不 動 智 神 妙 録 (抄)

沢 庵 宗 彭 (1573–1645)

諸 仏 不 動 智 の 事

仏 経 に 説 く と こ ろ の 諸 仏 の 不 動 智 と は、 心 が 一 切 の 物 事 に よ っ て 動 か さ れ ぬ こ と を い う。 こ の「動 か さ れ ぬ」 と は、 心 を ど こ か 一 点 に 縛 り 付 け て 動 か な い こ と で は な い。 む し ろ、 ど こ に も 縛 ら れ ず、 自 在 に 動 け る 心 の こ と を「不 動 智」 と 呼 ぶ の で あ る。

人 は「心 を ど こ か に 置 こ う」 と し て、 か え っ て そ こ に 縛 ら れ る。 心 を ど こ に も 置 か ぬ こ そ、 真 の 自 由 で あ り、 真 の 不 動 で あ る。

心 ど こ に か 置 か ん の 問

太 刀 を 持 ち、 敵 と 向 か い 合 っ た と き、 心 を ど こ に 置 け ば よ い か。

敵 の 太 刀 に 心 を 置 け ば、 敵 の 太 刀 に 心 が 奪 わ れ る。 敵 の 体 に 置 け ば、 敵 の 体 に 心 が 奪 わ れ る。 敵 の 顔 に 置 け ば、 敵 の 顔 に 心 が 奪 わ れ る。

で は 自 分 の 太 刀 に 置 け ば。 や は り 自 分 の 太 刀 に 心 が 縛 ら れ、 自 由 を 失 う。 自 分 の 構 え に 置 け ば、 構 え に 縛 ら れ る。 自 分 の 足 に 置 け ば、 足 に 縛 ら れ る。

で は、 心 を ど こ に 置 け ば よ い か。 ─ ど こ に も 置 か ぬ。

ど こ に も 置 か ぬ と は、 心 を 一 点 に 留 め ず、 全 体 に 行 き 渡 ら せ る と い う こ と で あ る。 太 刀 に も 自 分 に も 敵 に も 場 に も、 全 体 に 心 が あ り、 同 時 に ど こ に も 縛 ら れ な い。 こ れ が、 兵 法 の 極 意 で あ り、 同 時 に 禅 の 極 意 で あ る。

平 常 心 是 道

「平 常 心 こ そ 道 な り」 と 古 人 は 言 う。 兵 法 の 修 行 と は、 平 常 心 を 養 う こ と で あ る。

平 常 心 と は、 試 合 場 で「上 が ら ぬ」 心 の こ と。 敵 を 前 に し て も、 普 段 の 稽 古 場 で の 心 と 変 わ ら ぬ 心 の こ と。

普 段 の 稽 古 で 心 を 練 ら ね ば、 試 合 で 心 は 上 が る。 普 段 の 稽 古 で 心 を 練 れ ば、 試 合 場 で も 動 じ な い。 兵 法 の 修 行 と は、 こ の 「心 を 練 る」 こ と に 他 な ら な い。

結 び

剣 を 振 る う と は、 結 局、 心 を 整 え る こ と で あ る。 心 が 整 え ば、 剣 は 自 ず か ら 整 う。 心 が 乱 れ れ ば、 剣 も 乱 れ る。

禅 と 剣 は 一 つ で あ る。 こ れ を 私 は「不 動 智」 と 呼 ぶ。


(注:本 文 は『不 動 智 神 妙 録』 の 一 部 (諸 仏 不 動 智 之 事 ・ 心 ど こ に か 置 か ん 之 事 ・ 平 常 心) を 中 学 体 育・道 徳 教 材 と し て 編 集 部 が 抜 粋・現 代 語 化 し た も の で あ る。 原 文 は 漢 文 訓 読 体 と 候 文 で 書 か れ て お り、 国 立 国 会 図 書 館 デ ジ タ ル コ レ ク シ ョ ン 等 で 閲 覧 で き る。)

語句の意味

各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について

  • 沢 庵 宗 彭 (た く あ ん そ う ほ う) K 1573–1645。 但 馬 国 (現 兵 庫 県 豊 岡 市) 出 身 の 臨 済 宗 大 徳 寺 派 の 僧。 大 徳 寺 第 153 世 住 持。 1629 年、 大 徳 寺 紫 衣 事 件 で 出 羽 国 上 山 に 流 罪。 1632 年 赦 免。 三 代 将 軍 徳 川 家 光 と 親 交 を 持 ち、 江 戸 品 川 に 東 海 寺 を 開 山。 漬 物 の「沢 庵 漬 け」 は、 諸 説 あ る が こ の 沢 庵 が 関 与 し た と さ れ る。
  • 柳 生 宗 矩 (や ぎ ゅ う む ね の り) K 1571–1646。 大 和 国 (現 奈 良 県) 柳 生 庄 の 武 将、 剣 術 家。 柳 生 新 陰 流 の 第 二 代。 二 代 将 軍 徳 川 秀 忠・三 代 将 軍 家 光 の 剣 術 指 南 役。 1632 年 ま で に『兵 法 家 伝 書』 を 著 す。 沢 庵 と 親 交 を 持 ち、『不 動 智 神 妙 録』 は 宗 矩 に 与 え ら れ た と 伝 え ら れ る。
  • 不 動 智 (ふ ど う ち) K 沢 庵 の 中 心 概 念。 「動 か な い 心」「動 か さ れ な い 智 慧」。 ※ こ こ で の「動 か な い」 は 物 理 的 静 止 で は な く、 「ど こ か 一 点 に 心 を 縛 り 付 け な い」 と い う 意 味。 心 を「と め ぬ」(留 め ぬ・止 め ぬ) こ そ が、 ど こ へ で も 自 在 に 動 け る 真 の 不 動 で あ る、 と 説 く。 仏 教 の「不 動 明 王」 と 重 ね 合 わ せ た 教 え。
  • 「心 ど こ に か 置 か ん」 の 問 い K 沢 庵 が 宗 矩 に 投 げ か け た 中 心 問 答。 「敵 と 向 か い 合 う と き、 心 を ど こ に 置 け ば よ い か?」 敵 の 太 刀 に 置 け ば 太 刀 に 心 を 奪 わ れ、 敵 の 手 に 置 け ば 手 に 奪 わ れ る。 自 分 の 太 刀 に 置 け ば 自 分 の 太 刀 に 縛 ら れ る。 答 え は ─ 「ど こ に も 置 か ぬ」 ─ つ ま り「心 を 全 体 に 行 き 渡 ら せ、 一 点 に 留 め な い」 こ と。
  • 諸 仏 不 動 智 (し ょ ぶ つ ふ ど う ち) K 沢 庵 が 引 用 す る 仏 教 の 経 典 概 念。 「諸 仏 の 不 動 智 と は、 心 が 一 切 の 物 事 に 動 か さ れ な い こ と」。 武 道 の「平 常 心」「無 心」 と 通 じ る。 後 に「禅 武 一 致」「剣 禅 一 如」 と い う 概 念 と し て 武 道 全 般 に 浸 透。
  • 禅 武 一 致 (ぜ ん ぶ い っ ち) K 「禅 の 修 行 と 武 道 の 修 行 は 一 致 す る」 と い う 思 想。 ど ち ら も 「心 を 練 る」 こ と が 目 的 で あ り、 形 を 通 し て 心 を 整 え る。 沢 庵 - 柳 生 の 交 流 が こ の 思 想 を 体 系 化 し、 後 の 武 道 教 育 の 根 幹 と な っ た。 現 代 の 剣 道・柔 道 の 段 位 制 で も「心 技 体」 が 重 視 さ れ る の は こ の 系 譜。
  • 大 徳 寺 紫 衣 事 件 (1629) K 1627–1629 年、 江 戸 幕 府 が「天 皇 が 紫 衣 (高 僧 の 袈 裟) を 許 可 す る 慣 例」 を 否 定 し、 既 に 与 え ら れ た 紫 衣 を 剥 奪 し た 事 件。 大 徳 寺 か ら 沢 庵、 妙 心 寺 か ら 単 伝・東 源 ら が 抗 議 し て 流 罪 と な っ た。 朝 廷 と 幕 府 の 関 係 を 示 す 事 件。

考えてみよう

  1. 「心 を ど こ に も 置 か ぬ」 と い う 沢 庵 の 教 え は、 現 代 の ス ポ ー ツ や 試 験 場 面 で の「集 中」 と ど う 違 う で し ょ う か?
  2. 禅 と 武 道 が 一 致 す る と い う 「禅 武 一 致」 の 思 想 か ら、 「体 を 鍛 え る」 こ と と「心 を 鍛 え る」 こ と の 関 係 を 考 え て み ま し ょ う。
  3. 現 代 の 剣 道 や 柔 道 の 段 位 制 で「心 技 体」 が 重 視 さ れ る の は、 沢 庵-柳 生 か ら の ど ん な 思 想 の 系 譜 で し ょ う か?

指導要領との対応

このページは、文部科学省「中学校学習指導要領(平成29年告示)」体育 第1学年の 以下の指導事項を意識して編集しています。

  • 中学保健体育 — 武 道 (剣 道 ・ 柔 道) の 歴 史 と 精 神
  • 中学道徳 — 心 を 整 え る / 集 中 と 平 常 心

※ 文部科学省告示の本文ではなく、編集者による要旨の言い換えです。 正確な指導事項は文部科学省の公式資料を参照してください。

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出典・ライセンス

  • 原文: 沢庵宗彭 (たくあん そうほう)「沢 庵 宗 彭『不 動 智 神 妙 録』 ─ 剣 と 禅 の 心」(1632年)
  • 入力テキスト: 国立国会図書館デジタルコレクション / 試訳 (本サイト編集部) (底本:沢 庵 宗 彭『不 動 智 神 妙 録』(1632 年 頃)。 大 徳 寺 第 153 世・沢 庵 が、 将 軍 家 剣 術 指 南 役 で あ っ た 柳 生 宗 矩 (や ぎ ゅ う む ね の り) に 与 え た 禅 と 武 道 の 一 致 を 説 く 名 著。 「心 を ど こ に も 留 め ぬ」 不 動 智 の 教 え は、 後 の 武 道 ・ 茶 道 ・ 芸 道 に 深 い 影 響 を 与 え た。)
  • 原文の権利: パブリックドメイン
  • 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors