野 見 宿 禰 (の み の す く ね) ─ 日 本 書 紀 に 残 る 相 撲 の 起 源 の表紙イラスト

野 見 宿 禰 (の み の す く ね) ─ 日 本 書 紀 に 残 る 相 撲 の 起 源

中学校 体育 第1学年 古典 武 道 史日 本 体 育 史古 代 史 目安 25 分

作者
舎人親王 (とねり しんのう) ら撰(720 年成立)
原作発表
720 年(古代 (垂仁天皇期))
出典
国立国会図書館デジタルコレクション
底本:『日 本 書 紀』(720 年 撰 進) 巻 第 六・垂 仁 天 皇 七 年 七 月 条。 当 麻 蹶 速 (た い ま の け は や) と 野 見 宿 禰 (の み の す く ね) の 力 比 べ の 記 述。 日 本 最 古 の 相 撲 の 記 録 と さ れ る。

学習のめあて

  • 日 本 武 道 の 古 代 起 源 を 知 る
  • 相 撲 の 歴 史 を 理 解 す る
  • 「礼 に 始 ま り 礼 に 終 わ る」 武 道 文 化 を 学 ぶ

本文

日 本 最 古 の 相 撲 ─ 1300 年 前 の 力 比 べ

720 年、 奈 良 の 都 で、 日 本 最 古 の 正 史 『日 本 書 紀』 が 完 成 し た。 全 30 巻 ・ 漢 文 で 書 か れ た 大 著 の 中 に、 一 つ 興 味 深 い 記 述 が あ る。

垂 仁 天 皇 七 年 七 月 ─ 「天 下 第 一 の 力 士」 を 自 称 す る 当 麻 蹶 速 (た い ま の け は や) が 大 和 の 当 麻 邑 (現 奈 良 県 葛 城 市) に い た。 彼 は 言 う ─ 「我 が 力 に 勝 つ 者 が ど こ に 居 ろ う か」。

こ れ を 聞 い た 垂 仁 天 皇 は、 群 臣 に 問 う た。 一 人 が 答 え る ─ 「出 雲 国 (現 島 根 県) に 野 見 宿 禰 (の み の す く ね) と い う 力 士 が お り ま す。 こ の 者 を 召 し 出 し て 勝 負 さ せ て は い か が」。

野 見 宿 禰 ─ 出 雲 か ら 大 和 へ

野 見 宿 禰 は 出 雲 か ら 大 和 へ 召 さ れ、 天 皇 の 前 で 当 麻 蹶 速 と 力 比 べ を し た。 『日 本 書 紀』 は こ う 記 す ─

「乃 (す な わ) ち 二 人 相 対 し て 立 ち、 各 (お の お の) 足 を 挙 げ て 相 蹶 (け) れ り。 則 (す な わ) ち 当 麻 蹶 速 の 脇 骨 を 蹈 (ふ) み 折 り て、 復 (ま た) 其 (そ の) 腰 を 蹈 み 折 り て 殺 し つ。」

─ 二 人 は 向 か い 合 っ て 立 ち、 互 い に 足 で 蹴 り 合 っ た。 野 見 宿 禰 は 当 麻 蹶 速 の あ ば ら 骨 を 蹴 り 折 り、 さ ら に 腰 を 折 っ て 殺 し た ─ と。

現 代 の 相 撲 と は 違 い、 蹴 り 技 を 含 む 命 が け の 力 比 べ だ っ た こ と が わ か る。 こ れ が 日 本 最 古 の 相 撲 の 記 録 と さ れ、 後 の 相 撲 の 起 源 と 仰 が れ る。

埴 輪 の 始 祖 ─ 殉 死 を 廃 止 し た 野 見 宿 禰

野 見 宿 禰 は 力 だ け で な く、 知 恵 で も 優 れ て い た。 当 時、 天 皇 や 貴 人 が 亡 く な る と、 家 臣 が 共 に 殉 死 す る 風 習 が あ っ た。

垂 仁 天 皇 の 皇 后 が 亡 く な っ た 時、 野 見 宿 禰 は 提 案 す る ─ 「人 の 代 わ り に、 土 で 人 や 馬 を 作 っ て 古 墳 の 周 り に 並 べ れ ば 良 い」。 こ う し て 生 ま れ た の が 埴 輪 (は に わ) で あ り、 野 見 宿 禰 は 「埴 輪 の 始 祖」 と も 呼 ば れ る。

相 撲 ─ 神 事 か ら ス ポ ー ツ へ

古 代 の 相 撲 は、 神 へ の 奉 納 行 事 (神 事) と し て 行 わ れ た。 神 社 の 境 内 で、 五 穀 豊 穣 を 祈 っ て 力 士 が 取 り 組 む。 現 代 で も、 大 相 撲 の 土 俵 入 り で 四 股 (し こ) を 踏 む の は、 大 地 の 邪 気 を 祓 う 神 事 の 名 残 で あ る。

平 安 期 に は 朝 廷 の「節 会 相 撲」(せ ち え ず も う)、 鎌 倉 期 に は 武 士 の 武 術 と し て、 江 戸 期 に は 興 行 と し て 発 達。 そ し て 明 治 期 以 降、 国 技 ・ 大 相 撲 と し て 制 度 化 さ れ た。

武 道 文 化 ─ 「礼 に 始 ま り 礼 に 終 わ る」

相 撲・柔 道・剣 道・空 手 ─ 日 本 の 武 道 に は 共 通 の 哲 学 が あ る。 「礼 に 始 ま り 礼 に 終 わ る」 ─ 相 手 へ の 敬 意 が 全 て の 基 本 で あ る。

野 見 宿 禰 が 当 麻 蹶 速 を 倒 し た 物 語 は、 力 比 べ の 記 録 で あ る と 同 時 に、 武 道 の 起 源 と 礼 法 の 大 切 さ を 教 え る 物 語 で も あ る。

結 び ─ 1300 年 前 か ら 続 く 文 化

『日 本 書 紀』 か ら 大 相 撲 ま で、 1300 年 以 上 続 く 相 撲 の 歴 史。 国 技 と し て、 神 事 と し て、 そ し て 武 道 文 化 と し て ─ 君 が 学 ぶ 体 育 の 授 業 の 背 後 に も、 こ の 長 い 伝 統 が あ る こ と を 知 っ て お こ う。

語句の意味

各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について

  • 野 見 宿 禰 (の み の す く ね) K 古 代 出 雲 国 (現 島 根 県) の 力 士。 垂 仁 天 皇 の 命 で 大 和 か ら 召 さ れ、 当 麻 蹶 速 と 力 比 べ を し て 勝 利。 後 に 天 皇 の 側 近 と し て 仕 え、 殉 死 の 風 習 を 廃 止 し 埴 輪 (は に わ) を 提 案 し た と さ れ る。 「相 撲 の 始 祖」「埴 輪 の 始 祖」 と し て 信 仰 さ れ る。
  • 当 麻 蹶 速 (た い ま の け は や) K 古 代 大 和 国 当 麻 邑 (現 奈 良 県 葛 城 市) の 力 士。 自 ら「天 下 第 一 の 力 士」 と 公 言 し、 競 う 者 を 募 っ た。 野 見 宿 禰 と の 力 比 べ で 敗 れ た と さ れ る。 当 麻 寺 や 蹶 速 塚 が 残 る。
  • 相 撲 (す も う) K 二 人 の 力 士 が 円 い 土 俵 内 で 組 み 合 い、 相 手 を 倒 す か 土 俵 外 へ 出 す 競 技。 神 道 と 結 び つ い た 神 事 と し て 発 達 (奉 納 相 撲)。 現 代 で は 大 相 撲 (プ ロ) と ア マ チ ュ ア 相 撲 が あ り、 国 技 と さ れ る。
  • 垂 仁 天 皇 (す い に ん て ん の う) K 第 11 代 天 皇。『日 本 書 紀』 で は 紀 元 前 29 年 ─ 紀 元 70 年 在 位 と 記 さ れ る (実 在・年 代 と も 諸 説 あ り)。 伊 勢 神 宮 の 創 建、 殉 死 の 廃 止、 埴 輪 の 制 定 な ど が 伝 え ら れ る。
  • 埴 輪 (は に わ) K 古 墳 時 代 (3–7 世 紀) に、 古 墳 の 周 囲 に 並 べ ら れ た 素 焼 き の 土 製 品。 円 筒 型・人 物・馬・家 な ど。『日 本 書 紀』 で は、 野 見 宿 禰 が 垂 仁 天 皇 に 提 案 し て 殉 死 の 代 わ り に 採 用 さ れ た と さ れ る。
  • 日 本 書 紀 (に ほ ん し ょ き) K 720 年 (奈 良 期) 完 成 の 日 本 最 古 の 正 史 (国 が 公 式 に ま と め た 歴 史 書)。 全 30 巻。 神 代 か ら 持 統 天 皇 ま で を 漢 文 で 記 す。『古 事 記』(712) と 共 に「記 紀」 と 総 称。 同 collection の 古 事 記 教 材 (chugakurekishi1) と 連 携。

考えてみよう

  1. 野 見 宿 禰 と 当 麻 蹶 速 の 力 比 べ は、 現 代 の 相 撲 と ど こ が 似 て い て、 ど こ が 違 う で し ょ う か?
  2. 「神 事 と し て の 相 撲」 と「ス ポ ー ツ と し て の 相 撲」 の 違 い を 考 え ま し ょ う。
  3. 武 道 で 重 視 さ れ る「礼 に 始 ま り 礼 に 終 わ る」 と は、 ど う い う 意 味 で す か?
  4. あ な た が 知 っ て い る 力 士 (現 代 の)、 名 横 綱 を 一 人 挙 げ て み ま し ょ う。

指導要領との対応

このページは、文部科学省「中学校学習指導要領(平成29年告示)」体育 第1学年の 以下の指導事項を意識して編集しています。

  • 中学体育 — 我 が 国 固 有 の 武 道 の 伝 統 と 文 化 を 理 解 す る

※ 文部科学省告示の本文ではなく、編集者による要旨の言い換えです。 正確な指導事項は文部科学省の公式資料を参照してください。

指導案 教員向け・授業展開の例

中1 体 育 (新 collection) で、 日 本 武 道 の 古 代 起 源 を 学 ぶ。 武 道 文 化 と し て の 相 撲 を 理 解 す る。

授業時数
1 時 限 (45 分)
準備
日 本 書 紀 (国 立 国 会 図 書 館 デ ジ タ ル コ レ ク シ ョ ン)、相 撲 史 入 門

指導目標

  • 相 撲 の 起 源 を 知 る
  • 武 道 と し て の 礼 法 を 理 解
  • 古 代 史 と の 接 続 を 体 験

授業の流れ

  1. 10分 野 見 宿 禰 と 当 麻 蹶 速 の 物 語 を 紹 介
  2. 15分 『日 本 書 紀』 の 関 連 部 分 を 読 む
  3. 10分 神 事 → ス ポ ー ツ へ の 発 展 を 解 説
  4. 10分 武 道 の 礼 法 を 体 験 (蹲 踞・四 股 ふ み 等)

関連する教材

中1 歴史 ・ 同じ古典作品の系列

古事記「天の岩戸」

『古事記』(712年) 上巻の中心場面。アマテラスが岩屋に隠れて世界が暗闇になり、八百万の神々が知恵を出し合って太陽を取り戻す。天皇の系譜の正当化という政治的目的を持って編まれた神話だが、その奥には日食の記憶・芸能の起源・共同体回復の儀礼など、いくつもの「裏テーマ」が重層している。

太安万侶(編纂)/稗田阿礼(誦習) (奈良時代初頭(和銅5年))

中1 歴史 ・ 同じ古典作品の系列

古事記「神武東征」— 日向から大和へ

天孫降臨から三代後、ニニギノミコトの曾孫イワレヒコ(神武天皇)が、日向(宮崎)から東へ進み、ついに大和(奈良)の橿原で即位する。古事記中巻の冒頭。神話から伝説、伝説から歴史への移行点であり、戦前は「皇紀の起点」として最重要視された段。

太安万侶(撰録)/稗田阿礼(誦習) (奈良時代初頭(和銅5年))

中1 歴史 ・ 同じ古典作品の系列

古事記「国譲り」— 出雲から大和へ

高天原のアマテラスが、地上の国「葦原中国」を治めるオオクニヌシに、その国を譲るよう求めた段。三度の使者、タケミナカタの抵抗、出雲大社の起源。出雲神話圏が大和朝廷の神話体系に統合される、政治的にきわめて重要な物語。

太安万侶(撰録)/稗田阿礼(誦習) (奈良時代初頭(和銅5年))

学習メモ

メモはこのブラウザーに自動保存されます。学習データの画面からバックアップできます。

AI 先生に聞く

教材の内容について、AI に質問できます。実験的な機能です。 AI は時に誤った内容を答えることがあります。最終的には自分で考え、 本文を確認してください。

この教材を改善する

誤字・誤訳・事実誤認の報告、語注や発問への提案など、現場での気づきを直接 GitHub Issue に投稿できます。GitHub アカウントがあれば誰でも参加できます。

出典・ライセンス

  • 原文: 舎人親王 (とねり しんのう) ら撰「野 見 宿 禰 (の み の す く ね) ─ 日 本 書 紀 に 残 る 相 撲 の 起 源」(720年)
  • 入力テキスト: 国立国会図書館デジタルコレクション (底本:『日 本 書 紀』(720 年 撰 進) 巻 第 六・垂 仁 天 皇 七 年 七 月 条。 当 麻 蹶 速 (た い ま の け は や) と 野 見 宿 禰 (の み の す く ね) の 力 比 べ の 記 述。 日 本 最 古 の 相 撲 の 記 録 と さ れ る。)
  • 原文の権利: パブリックドメイン
  • 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors