荒 城 の 月 — 滝 廉 太 郎・土 井 晩 翠
中学校 音楽 第1学年 唱歌近代音楽史日本西洋音楽 目安 25 分
学習のめあて
- 日 本 唱 歌 の 名 作 「荒 城 の 月」 を 知 る
- 滝 廉 太 郎 と 明 治 期 の 西 洋 音 楽 導 入 を 学 ぶ
- 廃 城 ・ 諸 行 無 常 と い う 日 本 的 主 題 を 体 感 す る
本文
歌 詞 全 文
春高楼の花の宴
めぐる盃かげさして
千代の松が枝わけ出でし
昔の光いまいずこ秋陣営の霜の色
鳴きゆく雁の数みせて
植うる剣に照りそいし
昔の光いまいずこ今荒城のよわの月
替らぬ光たがためぞ
垣に残るはただかつら
松に歌うはただあらし天上影は替らねど
栄枯は移る世の姿
写さんとてか今もなお
嗚呼荒城のよわの月
現代語訳
第 1 連 (春):
春 の 高 い 楼 閣 (ろ う か く) で 開 か れ た 花 見 の 宴 (う た げ)。
盃 (さ か ず き) が 巡 り、 月 の 光 が さ し て い た。
千 年 続 く 松 の 枝 を 分 け て さ し 込 ん だ あ の 昔 の 光 は、 今 ど こ に あ る の だ ろ う か。
第 2 連 (秋):
秋 の 陣 営 で、 霜 が 真 っ 白 に お り て い た。
鳴 き な が ら 渡 っ て い く 雁 (が ん) の 数 ま で 見 え る ほ ど の 月 夜。
立 て て あ る 剣 に 照 り 添 う 月 光 ─ あ の 昔 の 光 は、 今 ど こ に あ る の だ ろ う か。
第 3 連 (現 在 ・ 荒 城):
今、 こ の 荒 城 に か か る 夜 半 (よ わ) の 月。
変 わ ら な い 光 を、 誰 の た め に 照 ら し て い る の だ ろ う か。
垣 (か き) に 残 る の は た だ 蔦 (つ た) の つ る だ け。
松 に 歌 う の は た だ 嵐 (あ ら し) だ け。
第 4 連 (結 び):
天 上 の 月 の 姿 は 昔 と 変 わ ら な い が、
栄 え と 衰 え は 移 ろ う、 世 の 姿。
そ れ を 映 そ う と し て か、 今 も な お、
あ あ、 荒 れ た 城 の 夜 半 の 月 が、 静 か に か か っ て い る。
解 説 ─ 23 歳 の 名 曲
1901 年 (明 治 34 年)、 滝 廉 太 郎 は 23 歳 で「荒 城 の 月」 を 作 曲 し た。
東 京 音 楽 学 校 (現 在 の 東 京 藝 術 大 学) を 首 席 で 卒 業 し、 翌 1901 年 4 月 か ら ド イ ツ・ラ イ プ ツ ィ ヒ 音 楽 院 に 留 学 す る 直 前 の こ と。
若 き 滝 廉 太 郎 は、 文 部 省 の 『中 学 唱 歌』 編 集 委 員 と し て、 こ の 曲 を 書 い た。
詞 は、 仙 台 出 身 の 詩 人 ・ 土 井 晩 翠 (1871–1952) が、 仙 台 の 青 葉 城 跡 を イ メ ー ジ し て 書 い た も の。
滝 廉 太 郎 は、 福 島 県 会 津 若 松 の 鶴 ヶ 城 跡 (戊 辰 戦 争 の 激 戦 地) を イ メ ー ジ し て 作 曲 し た と 伝 え ら れ る。
こ う し て、 仙 台 と 会 津 ─ 二 つ の 廃 城 ─ が 一 つ の 名 曲 に 結 晶 し た の だ。
明 治 期 の 音 楽 史 と「荒 城 の 月」
明 治 維 新 (1868) 以 降、 日 本 は 西 洋 音 楽 を 急 速 に 受 容 し た。
- 1879 ─ 文 部 省 「音 楽 取 調 掛 (が か り)」 設 置
- 1881 ─ 『小 学 唱 歌 集』 出 版 (西 洋 メ ロ デ ィ ー に 日 本 語 歌 詞)
- 1887 ─ 東 京 音 楽 学 校 設 立
- 1898 ─ 滝 廉 太 郎、 東 京 音 楽 学 校 入 学 (19 歳)
- 1901 ─ 滝 廉 太 郎「荒 城 の 月」 作 曲
- 1903 ─ 滝 廉 太 郎、 ド イ ツ 留 学 か ら 帰 国 後、 大 分 で 24 歳 没
- 1929 ─ 山 田 耕 筰、「荒 城 の 月」 を 編 曲 (現 在 一 般 に 歌 わ れ る 版)
滝 廉 太 郎 は、 「西 洋 音 楽 の 様 式 で、 日 本 の 詩 心 を 表 現 す る」 と い う 道 を 開 い た 草 創 期 の 作 曲 家。
彼 の 後 を 受 け 継 ぐ の が、 山 田 耕 筰・中 山 晋 平・本 居 長 世 ら 大 正 期 の 童 謡 作 曲 家 た ち で あ っ た。
「諸 行 無 常」 と い う 主 題
「荒 城 の 月」 の 中 心 主 題 は、 諸 行 無 常 (し ょ ぎ ょ う む じ ょ う) ─ あ ら ゆ る も の は 移 ろ う ─ で あ る。
こ れ は、 『平 家 物 語』 (本 サ イ ト kotoko1) の 冒 頭 「祇 園 精 舎 の 鐘 の 声、 諸 行 無 常 の 響 あ り」 と 同 じ 主 題。
日 本 中 世 か ら 受 け 継 が れ た「無 常 観」 を、 明 治 の 西 洋 音 楽 で 表 現 し た の が「荒 城 の 月」 で あ る。
| 『平 家 物 語』(1200 年 頃) | 「荒 城 の 月」(1901) | |
|---|---|---|
| 主 題 | 諸 行 無 常 | 諸 行 無 常 |
| 形 式 | 軍 記 物 語 (和 文) | 唱 歌 (和 文 + 西 洋 音 楽) |
| 象 徴 | 祇 園 精 舎 の 鐘・沙 羅 双 樹 | 荒 城 の 月 |
| 時 代 背 景 | 平 家 滅 亡 | 明 治 維 新 後 の 廃 城 |
滝 廉 太 郎 ─ 24 歳 の 早 世
滝 廉 太 郎 (1879–1903) の 生 涯 は、 短 か っ た。
- 1879 (明 治 12) ─ 東 京 で 出 生
- 1898 (明 治 31) ─ 東 京 音 楽 学 校 (現 東 京 藝 大) 入 学
- 1900 (明 治 33) ─ 「お 正 月」「箱 根 八 里」 作 曲
- 1901 (明 治 34) ─ 「荒 城 の 月」 作 曲。 ド イ ツ・ラ イ プ ツ ィ ヒ 音 楽 院 留 学 (10 月)
- 1902 (明 治 35) ─ ベ ル リ ン で 結 核 発 症、 帰 国
- 1903 (明 治 36) ─ 大 分 県 で 療 養。 6 月 29 日 没。 24 歳
た っ た 24 年 間 の 生 涯 で、 「荒 城 の 月」「お 正 月」「箱 根 八 里」「鳩 ぽ っ ぽ」「雪 や こ ん こ ん」 と い っ た、 100 年 経 っ た 今 も 歌 わ れ る 名 曲 を 多 数 残 し た。
彼 が も し 長 生 き し て い た ら ─ 日 本 近 代 音 楽 は、 ま た 別 の 顔 を 見 せ て い た か も し れ な い。
「荒 城 の 月」 を 歌 お う
こ の 名 曲 は、 100 年 以 上 に わ た っ て、 日 本 人 に 歌 わ れ 続 け て き た。
ぜ ひ、 君 も 声 に 出 し て、 こ の 曲 を 歌 っ て み て ほ し い。
そ し て、 「荒 城 の 月」 を 歌 い な が ら、 仙 台 の 青 葉 城 跡 や、 会 津 若 松 の 鶴 ヶ 城 跡 に、 ぜ ひ 一 度 行 っ て み て ほ し い。
今 も そ こ に、 滝 廉 太 郎 と 土 井 晩 翠 が 見 た「荒 城 の 月」 が、 同 じ よ う に か か っ て い る か ら。
語句の意味
各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について
- 滝 廉 太 郎 (た き れ ん た ろ う) K 1879–1903。 東 京 生 ま れ。 東 京 音 楽 学 校 (現 在 の 東 京 藝 術 大 学) を 卒 業 し、 ド イ ツ ・ ラ イ プ ツ ィ ヒ 音 楽 院 に 留 学。 「荒 城 の 月」 「箱 根 八 里」「お 正 月」 な ど の 唱 歌 を 残 し た。 結 核 の た め 留 学 中 帰 国 し、 大 分 で 24 歳 の 若 さ で 没 し た。 日 本 近 代 音 楽 の 草 創 期 を 代 表 す る 作 曲 家。
- 土 井 晩 翠 (ど い ば ん す い) K 1871–1952。 仙 台 生 ま れ。 詩 人・英 文 学 者。 東 京 帝 国 大 学 で ホ メ ロ ス『イ ー リ ア ス』 翻 訳 で 知 ら れ る。 「荒 城 の 月」 の 歌 詞 は、 仙 台 の 青 葉 城 跡 (あ お ば じ ょ う あ と) と 福 島 県 会 津 若 松 の 鶴 ヶ 城 跡 を イ メ ー ジ し て 書 い た と さ れ る。
- 荒 城 (こ う じ ょ う) K 荒 れ 果 て た 城 跡。 江 戸 時 代 の 城 が 明 治 維 新 後 に 取 り 壊 さ れ、 廃 墟 と な っ た 風 景 を 詠 う。 諸 行 無 常 の 主 題 と 結 び つ く。
- 中 学 唱 歌 (ち ゅ う が く し ょ う か) K 1901 年 (明 治 34 年)、 文 部 省 が 編 集 し た 中 学 校 用 の 唱 歌 集。 滝 廉 太 郎 の「荒 城 の 月」「箱 根 八 里」 や、 他 の 作 曲 家 の 作 品 が 含 ま れ た。 日 本 で 初 め て の 中 学 校 公 認 教 材 と し て の 唱 歌 集。
- 唱 歌 (し ょ う か) K 明 治 以 降、 学 校 で 子 ど も に 教 え る た め に 作 ら れ た 歌 曲。 西 洋 音 楽 の 様 式 (五 線 譜・長 調 / 短 調・和 声) を 用 い な が ら、 歌 詞 は 日 本 語。 「文 部 省 唱 歌」 と し て、 日 本 人 の 共 通 の 音 楽 体 験 を 形 成 し た。
- 青 葉 城 跡 (あ お ば じ ょ う あ と) K 仙 台 市 の 城 跡。 伊 達 政 宗 が 1602 年 に 築 城。 明 治 維 新 後 に 取 り 壊 さ れ た。 土 井 晩 翠 が 仙 台 出 身 で あ る た め、 こ の 城 跡 が「荒 城 の 月」 の イ メ ー ジ 源 と さ れ る。
- 鶴 ヶ 城 跡 (つ る が じ ょ う あ と) K 福 島 県 会 津 若 松 市 の 城 跡。 別 名 「若 松 城」。 戊 辰 戦 争 (1868) で 籠 城 戦 が 行 わ れ、 戦 後 取 り 壊 さ れ た。 滝 廉 太 郎 が こ の 城 を イ メ ー ジ し た と さ れ る。
- 諸 行 無 常 (し ょ ぎ ょ う む じ ょ う) K 仏 教 用 語。「あ ら ゆ る も の は 移 り 変 わ る」 の 意。『平 家 物 語』(本 サ イ ト kotoko1) の 冒 頭 「祇 園 精 舎 の 鐘 の 声、 諸 行 無 常 の 響 あ り」 で 有 名。 「荒 城 の 月」 の 中 心 主 題。
考えてみよう
- 「荒 城 の 月」 の 詞 を 声 に 出 し て 読 ん で み ま し ょ う。 メ ロ デ ィ ー を 知 っ て い れ ば、 歌 っ て み ま し ょ う。
- 「春 高 楼 の 花 の 宴」 と 「天 上 影 は 替 ら ね ど」 ─ 前 半 と 後 半 で、 描 か れ て い る 場 面 は ど う 違 い ま す か?
- 明 治 期 に 西 洋 音 楽 が 日 本 に 入 っ て き ま し た。 「荒 城 の 月」 は、 西 洋 音 楽 と 日 本 の 詩 心 が ど の よ う に 融 合 し て い ま す か?
- 24 歳 で 早 世 し た 滝 廉 太 郎 が、 こ の よ う な 名 曲 を 残 し た こ と を ど う 評 価 し ま す か?
指導要領との対応
このページは、文部科学省「中学校学習指導要領(平成29年告示)」音楽 第1学年の 以下の指導事項を意識して編集しています。
- 中1音楽 — 歌 唱 ─ 日 本 の 名 曲 を 表 現 豊 か に 歌 う
- 中1音楽 — 音 楽 史 ─ 明 治 期 の 西 洋 音 楽 導 入 と 日 本 唱 歌 の 成 立
※ 文部科学省告示の本文ではなく、編集者による要旨の言い換えです。 正確な指導事項は文部科学省の公式資料を参照してください。
指導案 教員向け・授業展開の例
中1 音 楽 で「日 本 唱 歌」 を 学 ぶ 入 門 教 材。 明 治 期 の 西 洋 音 楽 受 容 と 日 本 唱 歌 の 成 立 を、 「荒 城 の 月」 を 通 し て 体 感 す る。 廃 城 と 月 と い う 主 題 は、『平 家 物 語』 の 「諸 行 無 常」 と 通 じ る。
指導目標
- 「荒 城 の 月」 を 歌 え る
- 滝 廉 太 郎 と 土 井 晩 翠 を 知 る
- 明 治 期 の 音 楽 史 を 把 握 す る
授業の流れ
- 1時限・10分 「荒 城 の 月」 を 聴 く (音 源)
- 1時限・15分 詞 を 音 読・現 代 語 訳
- 1時限・20分 メ ロ デ ィ ー の 練 習 (歌 唱)
- 2時限・15分 滝 廉 太 郎 の 生 涯 を 紹 介
- 2時限・15分 西 洋 音 楽 と 日 本 唱 歌 の 関 係 を 議 論
- 2時限・15分 青 葉 城 跡・鶴 ヶ 城 跡 の 写 真 を 鑑 賞 し な が ら 合 唱
発問例・議論のポイント
- 「廃 墟 (は い き ょ)」 を 美 し く 思 う 心 は、 ど こ か ら 来 る か?
- 西 洋 音 楽 と 日 本 の 詩 心 が 融 合 す る と い う こ と
- 24 歳 で 残 し た 名 曲 ─ 短 命 と 創 造 の 関 係
発展課題
- 滝 廉 太 郎「箱 根 八 里」「お 正 月」 も 学 ぶ
- 山 田 耕 筰 編 曲 版 と 比 較
- 仙 台・会 津 若 松 を 訪 れ る
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出典・ライセンス
- 原文: 土井晩翠 (作詞) ・ 滝廉太郎 (作曲)「荒 城 の 月 — 滝 廉 太 郎・土 井 晩 翠」(1901年)
- 入力テキスト: 中学唱歌『荒城の月』(明治34年・1901) (底本:土 井 晩 翠 作 詞・滝 廉 太 郎 作 曲「荒 城 の 月」(1901)。 文 部 省 編 集『中 学 唱 歌』 に 採 録 さ れ、 日 本 で 最 も 親 し ま れ た 唱 歌 の 一 つ と な っ た。)
- 原文の権利: パブリックドメイン
- 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors