鈴 木 梅 太 郎 と ビ タ ミ ン B1 の 発 見 (1910) の表紙イラスト

鈴 木 梅 太 郎 と ビ タ ミ ン B1 の 発 見 (1910)

高等学校 化学 第1学年 生 化 学日 本 近 代 化 学 史栄 養 学 目安 25 分

作者
鈴木梅太郎 (すずき うめたろう)(1874–1943)
原作発表
1910 年(明治43年 (1910))
出典
化学史 各種 文献
底本:鈴 木 梅 太 郎『精 米 中 ノ 一 有 効 成 分 ニ 就 テ』(1910)。 米 ぬ か か ら ビ タ ミ ン B1 (オ リ ザ ニ ン) を 単 離 し、 脚 気 (か っ け) と い う 病 を 解 明。 日 本 人 化 学 者 の 世 界 的 業 績。

学習のめあて

  • ビ タ ミ ン B1 発 見 の 経 緯 を 知 る
  • 日 本 近 代 化 学 の 出 発 点 を 学 ぶ
  • 「言 語 障 壁」 が 科 学 史 で 持 つ 意 味 を 考 え る

本文

「江 戸 患 い」 と 呼 ば れ た 病

江 戸 時 代 か ら、 日 本 の 都 市 住 民 を 苦 し め て き た 不 思 議 な 病 気 が あ っ た。
名 前 は「脚 気」(か っ け)、 別 名「江 戸 患 い」(え ど わ ず ら い)。

症 状 は こ う だ:

  • 手 足 の 浮 腫 (む く み)
  • 神 経 麻 痺・歩 け な く な る
  • 心 臓 が 弱 る (心 不 全)
  • 放 置 す れ ば 死 に 至 る

特 徴 的 な の は、 「白 米 を 主 食 と す る 都 市 住 民」 に 多 い こ と だ っ た。
地 方 で 麦 や 玄 米 を 食 べ る 人 々 に は ほ と ん ど 出 ず、 都 会 で 精 米 (せ い ま い) し た 白 米 を 食 べ る 人 々 に 多 発。

明 治 ・ 大 正 期 ─ 軍 の 大 問 題

明 治 維 新 (1868) 後、 日 本 軍 が 拡 大 す る と、 脚 気 は 軍 の 重 大 問 題 と な っ た。
兵 士 に 白 米 を 配 給 し て い た た め、 兵 士 が 大 量 に 脚 気 で 倒 れ た。

  • 1882 年 ─ 海 軍 で 脚 気 死 亡 率 が 約 4%
  • 1894–95 年 (日 清 戦 争) ─ 戦 死 者 約 1500 人 に 対 し、 脚 気 死 者 約 4000 人
  • 1904–05 年 (日 露 戦 争) ─ 陸 軍 の 戦 死 者 約 5 万 人 に 対 し、 脚 気 死 者 約 2 万 人

原 因 は ま だ わ か ら な か っ た。 大 論 争 が 起 こ っ た。

脚 気 論 争 ─ 海 軍 vs 陸 軍

明 治 期 の 日 本 軍 で、 二 人 の 軍 医 が 真 っ 向 か ら 対 立 し た:

海 軍 軍 医・高 木 兼 寛 (た か き か ね ひ ろ、 1849–1920)

英 国 で 医 学 を 学 ん だ 高 木 は、 統 計 か ら こ う 推 論 し た:
「白 米 食 が 原 因 だ。 食 事 を 変 え れ ば 脚 気 は 治 る」

1884 年、 海 軍 の 食 事 を 「麦 飯 + 肉 + 野 菜」 に 切 り 替 え る と、 脚 気 が 劇 的 に 減 少。
高 木 の 「食 事 説」 が 実 証 さ れ た。

陸 軍 軍 医 ・ 森 林 太 郎 (も り り ん た ろ う ・ 森 鴎 外、 1862–1922)

ド イ ツ で 医 学 を 学 ん だ 森 (作 家 ・ 森 鴎 外 と し て も 有 名 ─ 本 サ イ ト で 既 出) は、 こ う 反 論 し た:
「脚 気 は 細 菌 性 の 感 染 症 だ。 食 事 で は 治 ら な い」

当 時、 コ ッ ホ・パ ス ツ ー ル に よ る 細 菌 学 が 大 流 行 し て お り、 「あ ら ゆ る 病 気 は 細 菌 が 原 因」 と 信 じ ら れ て い た。
森 は こ の 立 場 か ら、 陸 軍 で 麦 飯 導 入 を 阻 止 し た。

結 果 ─ 陸 軍 で は 麦 飯 導 入 が 遅 れ、 日 露 戦 争 で 約 2 万 人 の 脚 気 死 者 を 出 し た。
こ の 悲 劇 は、 後 の 森 鴎 外 評 価 に 影 を 落 と し て い る。

鈴 木 梅 太 郎 の 発 見 (1910)

脚 気 論 争 が 続 く 中、 一 人 の 化 学 者 が 科 学 的 決 着 を 付 け た。

東 京 帝 国 大 学 農 学 部 教 授 ・ 鈴 木 梅 太 郎 (1874–1943)。

彼 は こ う 考 え た: 「白 米 を 食 べ て も 脚 気 に な る が、 玄 米 や 麦 飯 で は な ら な い ─ つ ま り、 精 米 で 取 り 除 か れ る 部 分 (米 ぬ か) に 何 か 重 要 な 物 質 が あ る は ず」

そ し て 1910 年、 米 ぬ か か ら、 脚 気 を 予 防・治 療 す る 不 思 議 な 物 質 を 単 離 し た。
鈴 木 は こ れ を 「オ リ ザ ニ ン」(oryzanin、 oryza = ラ テ ン 語 で 「米」) と 命 名 し、 1910 年 12 月 に 東 京 化 学 会 誌 に 日 本 語 で 発 表 し た。

こ れ は、 世 界 で 最 初 の ビ タ ミ ン 単 離 と 言 う べ き 業 績 で あ っ た。

「言 語 障 壁」 ─ ノ ー ベ ル 賞 を 逃 し た 理 由

だ が、 鈴 木 の 発 表 は 日 本 語 で の み 行 わ れ た た め、 欧 米 の 科 学 界 で は ほ と ん ど 注 目 さ れ な か っ た。

2 年 後 の 1912 年、 ポ ー ラ ン ド 出 身 で ロ ン ド ン に 居 た 化 学 者 カ ジ ミ ー ル・フ ン ク (Casimir Funk, 1884–1967) が、 同 様 の 物 質 を 単 離・発 表 し、 「vitamin」(vita = 生 命 + amine) と 命 名 し た。

そ し て 1929 年、 英 国 の 生 化 学 者 フ レ デ リ ッ ク・ホ プ キ ン ス (Frederick Gowland Hopkins, 1861–1947) が 「ビ タ ミ ン 発 見」 で ノ ー ベ ル 賞 を 受 賞 ─ 鈴 木 で は な く。

鈴 木 は 後 に ド イ ツ 語 で 自 分 の 仕 事 を 再 発 表 し た が、 既 に 国 際 名「ビ タ ミ ン」 が 定 着 し て お り、 オ リ ザ ニ ン と の 同 一 性 も 認 め ら れ た が、 「世 界 初 の ビ タ ミ ン 発 見 者」 の 名 誉 は 取 り 戻 せ な か っ た。

こ れ は、 「科 学 と 言 語」 の 関 係 を 考 え さ せ る 重 要 な 事 例 で あ る。

鈴 木 梅 太 郎 と 理 化 学 研 究 所

鈴 木 梅 太 郎 は、 オ リ ザ ニ ン 発 見 後 も 多 く の 仕 事 を 残 し た:

  • 1917 ─ 理 化 学 研 究 所 (理 研) 設 立 に 関 与
  • 1923 ─ 関 東 大 震 災 後 の 食 糧 問 題 で 緊 急 食 料 化 学 研 究
  • 多 数 の 弟 子 を 育 成 ─ 日 本 化 学 界 の 礎 を 築 く

1943 年 没。 69 歳。

「ビ タ ミ ン」 の そ の 後

鈴 木 と フ ン ク の 発 見 か ら 約 110 年。
今 や ビ タ ミ ン は、 化 学 構 造 が 完 全 に わ か り、 13 種 類 に 分 類 さ れ て い る (A、 B1、 B2、 B6、 B12、 C、 D、 E、 K な ど)。

そ し て、 鈴 木 梅 太 郎 の オ リ ザ ニ ン = ビ タ ミ ン B1 は ─ 今 も 私 た ち の 体 で、 1 日 に 数 mg 必 要 と さ れ、 神 経 機 能 と 糖 質 代 謝 を 支 え 続 け て い る。

君 へ の メ ッ セ ー ジ

鈴 木 梅 太 郎 の 物 語 は、 二 つ の 教 訓 を 残 す:

  1. 日 本 の 科 学 は、 100 年 以 上 前 か ら 世 界 級 だ っ た ─ 自 信 を 持 と う
  2. 世 界 に 発 信 す る 言 語 と 場 が 必 要 だ ─ 英 語 力 と 国 際 性 が、 21 世 紀 の 君 に も 求 め ら れ る

脚 気 と い う 病 を 解 明 し、 同 時 に「日 本 か ら 世 界 へ」 と い う 課 題 を 残 し た 鈴 木 梅 太 郎。
彼 の 仕 事 は、 化 学 史 の 教 訓 と し て、 今 も 私 た ち に 響 い て い る。

語句の意味

各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について

  • 鈴 木 梅 太 郎 (す ず き う め た ろ う) K 1874–1943。 静 岡 県 出 身。 東 京 帝 国 大 学 (現 東 大) 農 学 部 卒。 ド イ ツ に 留 学 後、 帝 大 教 授 と な る。 1910 年 に 米 ぬ か か ら ビ タ ミ ン B1 を 単 離・命 名 (オ リ ザ ニ ン)。 後 に 理 化 学 研 究 所 (理 研) の 設 立 に 関 与。
  • ビ タ ミ ン B1 (vitamin B1, チ ア ミ ン) K 生 体 に 必 須 な ビ タ ミ ン の 一 つ。 不 足 す る と 脚 気 (か っ け) と い う 病 気 に か か る。 米 ぬ か・豚 肉・大 豆 な ど に 多 く 含 ま れ る。 鈴 木 梅 太 郎 が 1910 年 に 単 離。
  • オ リ ザ ニ ン (oryzanin) K 鈴 木 梅 太 郎 が 米 (oryza = 米 を 意 味 す る ラ テ ン 語) か ら 取 り 出 し た 物 質 と し て 命 名 し た 名 前。 後 に「ビ タ ミ ン B1」(英 語) と 同 一 だ と 判 明 し、 国 際 的 に は「vitamin B1」 が 主 流 と な っ た。 日 本 国 内 で は 一 時 期「オ リ ザ ニ ン」 と も 呼 ば れ た。
  • 脚 気 (か っ け) K ビ タ ミ ン B1 不 足 で 起 こ る 病 気。 手 足 の 浮 腫 (む く み)・神 経 障 害・心 不 全 を 引 き 起 こ す。 江 戸 時 代 か ら 日 本 で 「江 戸 患 い (え ど わ ず ら い)」 と も 呼 ば れ、 白 米 だ け を 食 べ る 都 市 住 民 に 多 か っ た。 明 治 ・ 大 正 期、 日 本 軍 の 死 因 の 大 き な 部 分 を 占 め た。
  • 脚 気 論 争 ─ 海 軍 vs 陸 軍 K 明 治 期、 日 本 軍 で 脚 気 が 大 流 行。 海 軍 軍 医・高 木 兼 寛 は「米 食 が 原 因」 と 推 測 し、 麦 飯 へ の 切 り 替 え で 脚 気 を 激 減 さ せ た (1880s)。 だ が 陸 軍 軍 医・森 林 太 郎 (森 鴎 外) は 「細 菌 が 原 因」 と 主 張 し、 陸 軍 で 麦 飯 導 入 が 遅 れ、 日 露 戦 争 (1904–05) で 陸 軍 は 戦 死 者 よ り 多 い 脚 気 死 者 (約 2 万 人) を 出 し た。
  • 「ビ タ ミ ン」 と い う 名 前 K ポ ー ラ ン ド の 化 学 者 カ ジ ミ ー ル・フ ン ク (Casimir Funk) が 1912 年 に 提 唱 し た 名 前。 ラ テ ン 語 「vita (生 命)」 + 「amine (ア ミ ン)」 か ら。 鈴 木 の オ リ ザ ニ ン (1910) よ り 2 年 後。 だ が 国 際 的 に は フ ン ク の 名 前 が 採 用 さ れ た。
  • 言 語 障 壁 (げ ん ご し ょ う へ き) K 鈴 木 の 1910 年 論 文 は 日 本 語 で 書 か れ た た め、 欧 米 で 注 目 さ れ ず、 「ビ タ ミ ン 発 見」 の 国 際 的 名 誉 は フ ン ク (1912)・ ホ プ キ ン ス (1929 年 ノ ー ベ ル 賞) に 行 っ た。 後 に 鈴 木 が ド イ ツ 語 で 再 発 表 し た が、 既 に 国 際 名 が 確 立 し て し ま っ て い た。

考えてみよう

  1. 鈴 木 梅 太 郎 が 世 界 初 の ビ タ ミ ン 発 見 を し な が ら、 国 際 的 に は 後 発 と さ れ た 理 由 を 考 え ま し ょ う。
  2. 脚 気 論 争 ─ 海 軍 (高 木) vs 陸 軍 (森) ─ か ら 何 を 学 べ ま す か?
  3. 「学 問 を 世 界 に 発 信 す る た め に 必 要 な こ と」 を 考 え て み ま し ょ う。
  4. 現 代 の 日 本 人 研 究 者 が「世 界 で 評 価 さ れ る た め」 に 何 が 必 要 で す か?
指導案 教員向け・授業展開の例

高1 化 学 で、 日 本 近 代 化 学 史 を 学 ぶ 教 材。 鈴 木 梅 太 郎 の ビ タ ミ ン 発 見 (1910) を 通 し て、 日 本 の 科 学 が 世 界 と 並 ぶ 水 準 に 達 し て い た こ と を 体 感。 同 時 に、 「英 語 で 発 表 し な か っ た」 こ と の 限 界 も 学 ぶ。

授業時数
1時限 (45分)
準備
鈴 木 梅 太 郎 の 略 伝、高 木 兼 寛 と 森 林 太 郎 の 比 較、ビ タ ミ ン B1 の 化 学 構 造

指導目標

  • 日 本 近 代 化 学 史 を 知 る
  • 脚 気 と ビ タ ミ ン B1 の 関 係 を 理 解
  • 言 語 障 壁 の 問 題 を 考 察

授業の流れ

  1. 10分 脚 気 と 日 本 軍 の 状 況 を 紹 介
  2. 15分 鈴 木 の オ リ ザ ニ ン 発 見 を 解 説
  3. 10分 脚 気 論 争 (海 軍 vs 陸 軍) を 議 論
  4. 10分 言 語 障 壁 と 国 際 評 価 を 考 察

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出典・ライセンス

  • 原文: 鈴木梅太郎 (すずき うめたろう)「鈴 木 梅 太 郎 と ビ タ ミ ン B1 の 発 見 (1910)」(1910年)
  • 入力テキスト: 化学史 各種 文献 (底本:鈴 木 梅 太 郎『精 米 中 ノ 一 有 効 成 分 ニ 就 テ』(1910)。 米 ぬ か か ら ビ タ ミ ン B1 (オ リ ザ ニ ン) を 単 離 し、 脚 気 (か っ け) と い う 病 を 解 明。 日 本 人 化 学 者 の 世 界 的 業 績。)
  • 原文の権利: パブリックドメイン
  • 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors