池 田 菊 苗『う ま 味 の 発 見』 ─ 昆 布 だ し の 化 学
中学校 化学 第1学年 有 機 化 学ア ミ ノ 酸化 学 史近 代 日 本 の 科 学 目安 25 分
学習のめあて
- 池 田 菊 苗 の 「う ま 味」 発 見 の 過 程 と 意 義 を 理 解 す る
- グ ル タ ミ ン 酸 と ア ミ ノ 酸 の 化 学 構 造 を 学 ぶ
- 日 本 発 の 科 学 概 念 が 世 界 標 準 に な る 例 を 知 る
本文
う ま 味 の 発 見 ─ 新 調 味 料 ニ 就 テ
池 田 菊 苗 (1864–1936)
明 治 41 年 (1908 年) の 春 の 夕 食 の こ と で あ る。 妻 が 用 意 し て く れ た 湯 豆 腐 を 食 べ な が ら、 私 は ふ と 不 思 議 な こ と に 気 が つ い た。
こ の 昆 布 だ し の 湯 豆 腐 は、 確 か に 美 味 し い。 し か し、 そ の 「美 味 し さ」 は、 古 来 か ら 知 ら れ て い る 「甘 い」 「酸 っ ぱ い」 「苦 い」 「し ょ っ ぱ い」 の 四 つ の 味 覚 の ど れ と も 違 う。 そ こ に は 別 の 「第 五 の 味」 が あ る よ う に 感 じ ら れ る。
化 学 者 と し て、 私 は そ の 「第 五 の 味」 の 正 体 を 突 き 止 め た い と 思 っ た。
そ こ で 私 は 実 験 を 始 め た。 真 昆 布 12 kg を 大 鍋 で 煮 出 し、 そ の だ し 汁 を 慎 重 に 蒸 発・濃 縮 し、 残 渣 を 結 晶 化 す る。 何 度 も 精 製 を 繰 り 返 し、 つ い に 約 30 g の 白 い 結 晶 を 得 た。
こ の 結 晶 を 分 析 す る と、 そ れ は 1866 年 に ド イ ツ の リ ッ ト ハ ウ ゼ ン が 小 麦 グ ル テ ン か ら 単 離 し た「グ ル タ ミ ン 酸」 と 同 じ 物 質 で あ っ た。 し か し、 グ ル タ ミ ン 酸 そ の も の は 酸 性 が 強 く、 う ま 味 を 感 じ に く い。 そ こ で、 そ れ を ナ ト リ ウ ム で 中 和 し た「グ ル タ ミ ン 酸 ナ ト リ ウ ム (MSG)」 を 作 っ て み た。
舌 に の せ て み る と、 そ こ に は 紛 れ も な く、 あ の 昆 布 だ し の「第 五 の 味」 が あ っ た。
私 は こ の 味 覚 を 「う ま 味」 と 命 名 し、 1909 年 4 月、 東 京 化 学 会 誌 第 30 冊 に「新 調 味 料 ニ 就 テ」 と し て 発 表 し た。
「四 つ の 基 本 味 覚 に 加 え、 第 五 の 基 本 味 覚 が 存 在 す る。 そ れ は 昆 布 だ し の よ う な 食 物 の 中 に 含 ま れ、 化 学 的 に は グ ル タ ミ ン 酸 (の ナ ト リ ウ ム 塩) で 表 さ れ る。 こ の 味 覚 を 私 は『う ま 味』 と 名 づ け た い。」
科 学 と は、 日 常 の 食 卓 か ら 始 ま る も の で あ る。 私 が こ の 発 見 を し た 出 発 点 は、 妻 の 用 意 し て く れ た 湯 豆 腐 で あ っ た。 「美 味 し い」 と い う 主 観 的 感 覚 を、「グ ル タ ミ ン 酸 ナ ト リ ウ ム」 と い う 客 観 的 化 学 物 質 に 還 元 す る こ と。 こ れ が、 化 学 と い う 学 問 の 仕 事 で あ る と 私 は 考 え る。
そ し て、 こ の 「う ま 味」 が、 鈴 木 三 郎 助 氏 と の 提 携 で 工 業 化 さ れ、 多 く の 家 庭 の 食 卓 を 豊 か に す る な ら ば、 そ れ は 科 学 が 日 常 に 役 立 つ 美 し い 例 と な る で あ ろ う。
(注:本 文 は、 池 田 菊 苗 が 1909 年 に 東 京 化 学 会 誌 に 発 表 し た「新 調 味 料 ニ 就 テ」 の 趣 旨 と、 後 年 の 講 演・回 想 を ま と め、 教 材 用 に 編 集 部 が 再 構 成 し た 試 訳 で あ る。 原 文 は 国 立 国 会 図 書 館 デ ジ タ ル コ レ ク シ ョ ン で 閲 覧 で き る。)
語句の意味
各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について
- 池 田 菊 苗 (い け だ き く な え) K 1864–1936。 京 都 出 身 の 化 学 者。 東 京 帝 国 大 学 理 科 大 学 卒、 同 教 授。 1899–1901 年 ド イ ツ・ラ イ プ ツ ィ ヒ 大 学 で オ ス ト ヴ ァ ル ト に 師 事。 1908 年、 妻 が 用 意 し た 湯 豆 腐 の 昆 布 だ し の 味 か ら 「第 五 の 味 覚」 の 存 在 を 直 観 し、 12 kg の 昆 布 か ら グ ル タ ミ ン 酸 を 単 離。 「う ま 味」 を 命 名 し て『新 調 味 料 ニ 就 テ』 を 発 表。 翌 1909 年、 味 の 素 株 式 会 社 (鈴 木 三 郎 助 商 店) と 提 携 し 工 業 化。
- う ま 味 (UMAMI) K 「甘 味」「酸 味」「塩 味」「苦 味」 に 次 ぐ 第 五 の 基 本 味 覚。 池 田 が 1908 年 に 発 見・命 名。 主 な 物 質 は グ ル タ ミ ン 酸 (Glu) と そ の ナ ト リ ウ ム 塩 (MSG)。 後 に イ ノ シ ン 酸 (鰹 節)・グ ア ニ ル 酸 (椎 茸) も う ま 味 物 質 と 判 明。 2002 年、 ヒ ト 舌 の う ま 味 受 容 体 (T1R1+T1R3) の 存 在 が 米 国 の 研 究 で 確 認 さ れ、 「UMAMI」 が 国 際 学 術 用 語 と し て 定 着。
- グ ル タ ミ ン 酸 (Glutamic Acid) K ア ミ ノ 酸 の 一 種、 化 学 式 C₅H₉NO₄、 分 子 量 147.13。 1866 年 ド イ ツ の リ ッ ト ハ ウ ゼ ン が 小 麦 グ ル テ ン か ら 単 離 し て 命 名 (グ ル テ ン に 由 来)。 1908 年 池 田 が、 こ の グ ル タ ミ ン 酸 (の ナ ト リ ウ ム 塩) こ そ が「昆 布 だ し の 美 味 し さ」 の 正 体 で あ る こ と を 発 見。 タ ン パ ク 質 を 構 成 す る 20 種 の 標 準 ア ミ ノ 酸 の 一 つ。
- 昆 布 だ し と 鰹 だ し K 日 本 料 理 の 二 大 だ し。 昆 布 (グ ル タ ミ ン 酸) と 鰹 節 (イ ノ シ ン 酸) を 合 わ せ る と、 う ま 味 が 7~8 倍 に 増 強 さ れ る (相 乗 効 果)。 こ の 効 果 は 後 に 国 中 明 (1953)・国 中 美 子 ら の 研 究 で 確 認。 日 本 料 理 が 経 験 的 に 完 成 さ せ て き た「合 わ せ だ し」 が、 化 学 的 に 正 し か っ た こ と が 証 明 さ れ た。
- 味 の 素 (あ じ の も と) K 1909 年、 池 田 菊 苗 が 鈴 木 三 郎 助 商 店 と 提 携 し て 商 品 化 し た 世 界 初 の う ま 味 調 味 料。 グ ル タ ミ ン 酸 ナ ト リ ウ ム (MSG) を 主 成 分 と す る。 当 初 は 小 麦 グ ル テ ン か ら 抽 出 し て い た が、 現 在 は 微 生 物 発 酵 で 量 産。 「世 界 五 大 発 明」 と も 評 さ れ た。 鈴 木 三 郎 助 商 店 は 1946 年 株 式 会 社 化、 1986 年 商 号 を 味 の 素 株 式 会 社 と 改 称。
- 第 五 の 味 覚 の 認 定 と 国 際 化 K 1908 年 の 発 見 か ら 約 90 年、 世 界 中 で 「UMAMI」 が 受 け 入 れ ら れ た わ け で は な か っ た。 1985 年「第 一 回 う ま 味 国 際 シ ン ポ ジ ウ ム」 (ハ ワ イ) で「UMAMI」 を 国 際 学 術 用 語 と す る こ と が 提 唱 さ れ、 2002 年 マ イ ア ミ 大 学 と ロ ー シ ュ 分 子 科 学 研 究 所 が「う ま 味 受 容 体 T1R1+T1R3」 を 確 認、 う ま 味 が 独 立 し た 基 本 味 覚 と し て 国 際 的 に 認 知 さ れ た。
考えてみよう
- 池 田 菊 苗 が 「日 常 の 食 卓 (湯 豆 腐 の 昆 布 だ し)」 か ら 第 五 の 味 覚 を 発 見 し た 過 程 か ら、 科 学 的 探 究 の 出 発 点 と は 何 か を 考 え て み ま し ょ う。
- 昆 布 だ し と 鰹 だ し を 合 わ せ る と う ま 味 が 7~8 倍 に な る「相 乗 効 果」 は、 日 本 料 理 の 経 験 知 と 化 学 が ど う 結 び つ い た こ と を 示 し て い ま す か?
- 「UMAMI」 が 1908 年 の 発 見 か ら 国 際 学 術 用 語 と し て 定 着 す る ま で 90 年 以 上 を 要 し た 理 由 を、 文 化 や 科 学 史 の 視 点 か ら 考 え て み ま し ょ う。
指導要領との対応
このページは、文部科学省「中学校学習指導要領(平成29年告示)」化学 第1学年の 以下の指導事項を意識して編集しています。
- 中学理科第1分野 — 物 質 の 性 質 / 化 学 と 人 間 生 活
- 高校化学基礎 — 有 機 化 合 物・ア ミ ノ 酸
※ 文部科学省告示の本文ではなく、編集者による要旨の言い換えです。 正確な指導事項は文部科学省の公式資料を参照してください。
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出典・ライセンス
- 原文: 池田菊苗 (いけだ きくなえ)「池 田 菊 苗『う ま 味 の 発 見』 ─ 昆 布 だ し の 化 学」(1908年)
- 入力テキスト: 東京化学会誌 第30冊 (1909) / 試訳・現代語化 (本サイト編集部) (底本:池 田 菊 苗『新 調 味 料 の 製 造 法 に つ い て』 (東 京 化 学 会 誌 第 30 冊・1909 年 発 表、 1908 年 発 見)。 昆 布 だ し か ら グ ル タ ミ ン 酸 を 単 離 し、 第 五 の 味 覚「う ま 味」 を 発 見・命 名 し た 化 学 史 上 の 画 期 的 研 究。 後 の 味 の 素 株 式 会 社 創 業 の 礎。)
- 原文の権利: パブリックドメイン
- 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors