吉 田 松 陰『留 魂 録』 ─ 至 誠 に し て 動 か ざ る も の は あ ら ず の表紙イラスト

吉 田 松 陰『留 魂 録』 ─ 至 誠 に し て 動 か ざ る も の は あ ら ず

中学校 道徳 第1学年 古典 幕 末 思 想教 育 と 至 誠勤 王 思 想近 代 日 本 の 礎 目安 25 分

作者
吉田松陰 (よしだ しょういん)(1830–1859)
原作発表
1859 年(江戸末期・幕末 (安政6年・1859))
出典
国立国会図書館デジタルコレクション / 試訳 (本サイト編集部)
底本:吉 田 松 陰『留 魂 録』(安 政 6 年・1859 年 10 月)。 江 戸 伝 馬 町 牢 屋 敷 で 処 刑 さ れ る 前 日、 松 下 村 塾 の 門 弟 た ち に 宛 て て 書 か れ た 遺 書。 「身 は た と ひ 武 蔵 の 野 辺 に 朽 ち ぬ と も 留 め 置 か ま し 大 和 魂」 の 辞 世 で 始 ま る、 教 育 者・松 陰 の 至 誠 の 思 想 を 凝 縮 し た 文 書。

学習のめあて

  • 吉 田 松 陰 の 教 育 思 想 と「至 誠」 を 理 解 す る
  • 松 下 村 塾 が 明 治 維 新 に 与 え た 影 響 を 知 る
  • 遺 書 と し て 書 か れ た 文 書 の 重 み を 味 わ う

本文

留 魂 録

吉 田 松 陰 (1830–1859)

一 (辞 世 の 歌)

身 は た と ひ 武 蔵 の 野 辺 に 朽 ち ぬ と も 留 め 置 か ま し 大 和 魂

二 (門 弟 へ の 言)

私 は 三 十 歳 を 一 つ の 区 切 り と し て、 こ こ で 死 ぬ。 し か し、 こ の 死 を 嘆 か な い で ほ し い。 死 と は、 私 に と っ て は、 春 夏 秋 冬 の 四 季 が ひ と め ぐ り す る よ う な も の だ。

人 に は そ れ ぞ れ の 一 生 が あ る。 十 歳 で 死 ぬ 者 に は 十 歳 な り の 春 夏 秋 冬 が あ り、 二 十 歳 で 死 ぬ 者 に は 二 十 歳 な り の 四 季 が あ る。 三 十 歳 で 死 ぬ 私 に も、 三 十 歳 な り の 四 季 が 既 に 過 ぎ た。

百 歳 を 生 き る 者 が ま こ と の 「長 寿」 で あ る か と い う と、 そ う で は な い。 百 歳 で あ っ て も、 そ の 中 身 が 空 し け れ ば、 そ れ は 百 歳 の 短 命 で あ る。 三 十 歳 で あ っ て も、 そ の 中 身 が 充 ち て い れ ば、 そ れ は 三 十 歳 の 長 寿 で あ る。

三 (至 誠 を 信 ぜ よ)

私 の 一 生 は、 至 誠 を 貫 こ う と し た 一 生 で あ っ た。 「至 誠 に し て 動 か ざ る も の は あ ら ず」 ─ こ の 一 句 を、 諸 君 は 心 に 留 め て お い て ほ し い。

真 心 を 込 め て や れ ば、 動 か な い も の は な い。 こ の 確 信 が、 私 を こ こ ま で 連 れ て き た。

世 間 に は、 才 知 で 物 事 を 動 か そ う と す る 者 が 多 い。 し か し、 真 心 を 込 め ず に 出 た 言 葉 や 行 動 は、 ど ん な に 巧 妙 に 見 え て も、 結 局 は 人 を 動 か さ な い。 諸 君 は、 才 知 よ り も、 ま ず 至 誠 を 磨 い て く れ。

四 (春 夏 秋 冬 の 譬)

百 姓 が 米 を 作 る と き、 春 に 種 を ま き、 夏 に 育 て、 秋 に 刈 り 入 れ、 冬 に 蓄 え る。 そ の 一 年 の 終 わ り に、 米 と い う 実 り が 残 る。 翌 年 に は ま た 新 し い 種 が ま か れ る。

私 の 三 十 年 の 一 生 も、 そ の よ う な も の だ。 種 を ま き、 育 て、 こ こ で 一 年 の 終 わ り を 迎 え る。 し か し、 諸 君 が、 私 の ま い た 種 を 引 き 継 ぎ、 諸 君 自 身 の 春 夏 秋 冬 を 過 ご す な ら、 私 の 一 生 は 終 わ ら な い。

五 (親 を 思 う 歌)

親 思 ふ 心 に 勝 る 親 心 け ふ の 音 づ れ 何 と 聞 く ら ん

(子 が 親 を 思 う 心 よ り も、 親 が 子 を 思 う 心 の ほ う が ま さ る だ ろ う。 今 日、 私 の 処 刑 の 知 ら せ を、 親 は ど う 聞 く だ ろ う か。)

六 (結 び)

諸 君、 元 気 で あ れ。

至 誠 を 貫 け。 国 の た め、 人 の た め、 そ し て 自 分 の た め に。 こ の 三 つ は、 至 誠 の 中 で 一 つ に な る。

私 は こ れ よ り 武 蔵 の 野 辺 に 旅 立 つ が、 私 の 大 和 魂 は、 諸 君 と 共 に あ る。 諸 君 が 至 誠 を 失 わ な い 限 り、 私 は 死 な な い。


(注:本 文 は『留 魂 録』 全 16 節 の 中 か ら、 中 学 道 徳 教 材 と し て 編 集 部 が 抜 粋 し、 現 代 語 に や わ ら か く 直 し た も の で あ る。 原 文 は 漢 文 訓 読 体 で 書 か れ て お り、 国 立 国 会 図 書 館 デ ジ タ ル コ レ ク シ ョ ン 等 で 閲 覧 で き る。)

語句の意味

各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について

  • 吉 田 松 陰 (よ し だ し ょ う い ん) K 1830–1859。 長 州 藩 (現 在 の 山 口 県) 萩 の 武 士。 名 は 矩 方 (の り か た)、 通 称 寅 次 郎 (と ら じ ろ う)、 号 は 松 陰。 21 歳 で 脱 藩 し 諸 国 を 遊 学、 ペ リ ー 来 航 を 受 け 1854 年 下 田 で 密 航 を 企 て て 失 敗 投 獄。 出 獄 後、 萩 で 松 下 村 塾 を 主 宰 し 高 杉 晋 作・久 坂 玄 瑞・伊 藤 博 文・山 県 有 朋 ら を 育 て る。 1859 年 安 政 の 大 獄 で 江 戸 へ 送 ら れ、 同 年 10 月 27 日 伝 馬 町 牢 屋 敷 で 斬 首。 享 年 30 歳。
  • 留 魂 録 (り ゅ う こ ん ろ く) K 1859 年 10 月 25 ・ 26 日、 処 刑 前 日 に 松 陰 が 江 戸 伝 馬 町 牢 屋 敷 で 書 い た 遺 書。 全 文 16 節。 門 弟 た ち へ の 教 訓 と、 自 ら の 死 を 春 夏 秋 冬 の 自 然 の 循 環 に な ぞ ら え て 受 容 す る 思 想 が 込 め ら れ る。 沼 崎 吉 五 郎 に 託 さ れ、 明 治 期 に 門 弟 ら の 手 に 渡 っ た。
  • 松 下 村 塾 (し ょ う か そ ん じ ゅ く) K 長 州 藩 萩 城 下、 松 本 村 に あ っ た 私 塾。 元 は 叔 父 玉 木 文 之 進 が 開 き、 1857 年 松 陰 が 主 宰 を 引 き 継 ぐ。 1858 年 ま で の わ ず か 2 年 間 で、 高 杉 晋 作・久 坂 玄 瑞・伊 藤 博 文・山 県 有 朋・前 原 一 誠・吉 田 稔 麿・入 江 九 一 ら、 明 治 維 新 と 明 治 新 政 府 の 中 心 人 物 を 多 数 輩 出。 2015 年「明 治 日 本 の 産 業 革 命 遺 産」 と し て 世 界 遺 産 に 登 録。
  • 至 誠 (し せ い) K 『中 庸』 に 由 来 す る 言 葉。 「真 心 の 極 致。 う そ・偽 り の な い、 純 粋 で 一 途 な 心」。 松 陰 は『孟 子 講 義』 で「至 誠 に し て 動 か ざ る も の は 未 だ こ れ あ ら ざ る な り」 と し て、 至 誠 を 自 ら の 行 動 原 理 と し た。 教 育 思 想 の 根 幹。
  • 安 政 の 大 獄 (あ ん せ い の た い ご く) K 1858–1859 年、 大 老 井 伊 直 弼 が 行 っ た 反 対 派 弾 圧。 一 橋 派 や 尊 王 攘 夷 派 の 公 家・大 名・志 士 100 余 名 を 処 罰。 松 陰 は 老 中 暗 殺 計 画 を 自 ら 告 白 し、 死 罪 と な っ た。 1860 年 桜 田 門 外 の 変 で 井 伊 が 暗 殺 さ れ る 一 因 と な る。
  • 「身 は た と ひ 武 蔵 の 野 辺 に…」 の 辞 世 K 留 魂 録 冒 頭 の 和 歌。「身 は た と ひ 武 蔵 の 野 辺 に 朽 ち ぬ と も 留 め 置 か ま し 大 和 魂」。 ─ 「自 分 の 体 は 武 蔵 (江 戸 の あ る 関 東) の 野 で 朽 ち て も、 大 和 魂 (日 本 人 の 心) だ け は 残 し て お き た い」。 30 歳 の 死 を 前 に し た 教 育 者 の 決 意 と し て 後 世 ま で 語 ら れ る。
  • 高 杉 晋 作 (1839–1867)・伊 藤 博 文 (1841–1909) K 松 陰 門 下 の 代 表 的 人 物。 高 杉 は 奇 兵 隊 を 組 織 し 長 州 藩 を 倒 幕 へ 導 い た 革 命 児、 27 歳 で 病 没。 伊 藤 は 大 久 保 利 通 没 後 の 明 治 政 府 を 主 導、 初 代 内 閣 総 理 大 臣 と な り 大 日 本 帝 国 憲 法 制 定 を 主 導。 ど ち ら も 松 下 村 塾 で 松 陰 の 至 誠 教 育 を 受 け た。

考えてみよう

  1. 「至 誠 に し て 動 か ざ る も の は あ ら ず」 と い う 松 陰 の 信 念 を、 現 代 の 教 育・仕 事・人 間 関 係 に ど う 当 て は め ま す か?
  2. 30 歳 で 処 刑 さ れ た 松 陰 が、 わ ず か 2 年 の 松 下 村 塾 で 明 治 維 新 の 中 核 を 育 て た 事 実 か ら、 教 育 と は 何 か を 考 え て み ま し ょ う。
  3. 辞 世 の 歌「身 は た と ひ 武 蔵 の 野 辺 に 朽 ち ぬ と も」 を 現 代 語 に 訳 し、 そ の 心 情 を 自 分 の 言 葉 で 表 現 し て く だ さ い。

指導要領との対応

このページは、文部科学省「中学校学習指導要領(平成29年告示)」道徳 第1学年の 以下の指導事項を意識して編集しています。

  • 中学道徳 — よ り よ く 生 き る た め に 自 己 を 確 立 す る / 国 を 愛 す る 心

※ 文部科学省告示の本文ではなく、編集者による要旨の言い換えです。 正確な指導事項は文部科学省の公式資料を参照してください。

関連する教材

小3 国語 ・ 同じ古典作品の系列

巌 谷 小 波『さ る か に 合 戦』 ─ 仇 を 討 つ 蟹 の 物 語

「お む す び こ ろ り ん で 拾 っ た 柿 の 種」── 蟹 が 親 切 で 育 て た 柿 の 木 を、 ず る い 猿 が 横 取 り。 怒 っ た 子 蟹 と 仲 間 (蜂・栗・臼・牛 糞) が 力 を 合 わ せ て 仇 を 討 つ 日 本 昔 話。 巌 谷 小 波 (1870–1933) が 整 え た 児 童 文 学 の 古 典 を、 小 3 国 語 で 読 も う。

巌谷小波 (いわや さざなみ) (明治~大正期)

高1 英語 ・ 同じ古典作品の系列

Lewis Carroll『Alice's Adventures in Wonderland』─ 数 学 者 が 描 い た 不 思 議 の 国

「Alice was beginning to get very tired」── 1865 年、 オ ッ ク ス フ ォ ー ド の 数 学 者 ル イ ス・キ ャ ロ ル (1832–1898) が 書 い た『不 思 議 の 国 の ア リ ス』。 ナ ン セ ン ス と 言 葉 遊 び に 満 ち た 児 童 文 学 の 古 典。 高 1 英 語 で 抜 粋 を 原 文 で 味 わ お う。

Lewis Carroll (ヴィクトリア朝 (1865))

中3 公民 ・ 同じ古典作品の系列

教育ニ関スル勅語(教育勅語)— 1890年の理念と1948年の失効

「朕惟フニ我カ皇祖皇宗…」— 1890年に発布され、58年間日本の教育の根本指針とされ、1948年に国会で「排除」「失効確認」された315字の文書。なぜ生まれ、なぜ失効したのか。原文に向き合い、批判的に読み解く。

明治政府(起草:井上毅・元田永孚) (明治23年(1890年)10月30日発布/昭和23年(1948年)6月19日 国会で排除・失効確認)

学習メモ

メモはこのブラウザーに自動保存されます。学習データの画面からバックアップできます。

AI 先生に聞く

教材の内容について、AI に質問できます。実験的な機能です。 AI は時に誤った内容を答えることがあります。最終的には自分で考え、 本文を確認してください。

この教材を改善する

誤字・誤訳・事実誤認の報告、語注や発問への提案など、現場での気づきを直接 GitHub Issue に投稿できます。GitHub アカウントがあれば誰でも参加できます。

出典・ライセンス

  • 原文: 吉田松陰 (よしだ しょういん)「吉 田 松 陰『留 魂 録』 ─ 至 誠 に し て 動 か ざ る も の は あ ら ず」(1859年)
  • 入力テキスト: 国立国会図書館デジタルコレクション / 試訳 (本サイト編集部) (底本:吉 田 松 陰『留 魂 録』(安 政 6 年・1859 年 10 月)。 江 戸 伝 馬 町 牢 屋 敷 で 処 刑 さ れ る 前 日、 松 下 村 塾 の 門 弟 た ち に 宛 て て 書 か れ た 遺 書。 「身 は た と ひ 武 蔵 の 野 辺 に 朽 ち ぬ と も 留 め 置 か ま し 大 和 魂」 の 辞 世 で 始 ま る、 教 育 者・松 陰 の 至 誠 の 思 想 を 凝 縮 し た 文 書。)
  • 原文の権利: パブリックドメイン
  • 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors