中 村 正 直『西 国 立 志 編』 ─ 明 治 の バ イ ブ ル
中学校 道徳 第1学年 古典 明 治 啓 蒙 思 想自 助 と 努 力西 洋 と 日 本 の 出 会 い 目安 25 分
学習のめあて
- 『西 国 立 志 編』 と「天 は 自 ら 助 く る 者 を 助 く」 の 思 想 を 理 解 す る
- 中 村 正 直 と 明 治 啓 蒙 思 想 を 知 る
- 「自 助 と 努 力」 の 思 想 が 近 代 日 本 に 与 え た 影 響 を 学 ぶ
本文
西 国 立 志 編 ─ 明 治 を 鼓 舞 し た 自 助 論
1. 1871 年 ─ 静 岡 学 問 所 で の 訳 刊
明 治 4 年 (1871 年)、 静 岡 の 駿 府 城 下 に、 一 冊 の 翻 訳 書 が 上 梓 (じ ょ う し) さ れ た。 中 村 正 直 (1832-1891) 訳『西 国 立 志 編』 で あ る。
訳 者 中 村 正 直 は、 江 戸 出 身 の 旧 幕 臣。 1866 年 (慶 応 2 年) に 幕 府 留 学 生 と し て イ ギ リ ス に 渡 り、 1868 年 (明 治 元 年) 戊 辰 戦 争 の 敗 戦 と 共 に 帰 国。 旧 幕 臣 と し て 静 岡 に 移 り、 静 岡 学 問 所 (徳 川 家 が 設 け た 旧 幕 臣 子 弟 の 教 育 機 関) の 教 授 と な っ て い た。
そ の 中 村 が、 イ ギ リ ス 滞 在 中 に 読 ん で 衝 撃 を 受 け た 一 冊 を、 日 本 語 に 訳 し た の が、 こ の『西 国 立 志 編』 で あ っ た。
原 著 は、 サ ミ ュ エ ル・ス マ イ ル ズ『Self-Help』 (1859 年)。 ニ ュ ー ト ン、 シ ェ イ ク ス ピ ア、 ジ ェ ー ム ズ・ワ ッ ト、 ジ ョ ー ジ・ス チ ー ブ ン ソ ン、 ナ ポ レ オ ン、 そ し て 無 数 の イ ギ リ ス の 職 人 ・ 発 明 家 ─ 約 300 人 の「自 ら の 努 力 で 大 業 を 成 し 遂 げ た 人 物」 の 物 語 を 集 め た 自 助 論 で あ っ た。
2. 「天 は 自 ら 助 く る 者 を 助 く」
『西 国 立 志 編』 の 第 一 章 冒 頭 に、 中 村 が 訳 し た 一 句 が あ る。
「天 は 自 ら 助 く る 者 を 助 く (Heaven helps those who help themselves)」
直 訳 す れ ば「天 は、 自 ら を 助 け よ う と す る 者 を、 助 け る」。 つ ま り、 「他 人 の 助 け を 待 つ な。 ま ず 自 分 で 努 力 せ よ。 そ う し て 初 め て、 天 (= 運 命・神) は 助 け て く れ る」 と い う 思 想 で あ る。
こ の 一 句 が、 明 治 ・ 大 正 ・ 昭 和 を 通 じ て 日 本 人 の 座 右 銘 と し て 引 用 さ れ 続 け、 今 で も 学 校 教 育 や ビ ジ ネ ス 書 で 引 用 さ れ る 名 句 と な っ た。
3. 偉 人 300 人 の 努 力 の 物 語
『西 国 立 志 編』 の 大 部 分 は、 イ ギ リ ス・ヨ ー ロ ッ パ の 偉 人 た ち の 努 力 の 物 語 で 構 成 さ れ て い る。
- 蒸 気 機 関 を 改 良 し た ジ ェ ー ム ズ・ワ ッ ト (1736-1819) は、 元 々 グ ラ ス ゴ ー 大 学 の 計 器 修 理 工 で あ っ た。
- ジ ョ ー ジ・ス チ ー ブ ン ソ ン (1781-1848) は、 鉱 山 の 機 関 士 の 子 と し て 生 ま れ、 自 ら 読 み 書 き を 学 び、 後 に 鉄 道 機 関 車 を 発 明。
- ア イ ザ ッ ク・ニ ュ ー ト ン (1643-1727) は、 早 朝 か ら 深 夜 ま で 物 理 学 の 計 算 を 続 け、 「私 が 偉 い と す れ ば、 そ れ は 努 力 し た か ら だ」 と 述 べ た。
- シ ェ イ ク ス ピ ア (1564-1616) は、 田 舎 の 革 手 袋 職 人 の 子 と し て 生 ま れ、 ロ ン ド ン で 劇 場 の 馬 当 番 か ら 出 発 し、 後 に 英 文 学 史 上 最 大 の 作 家 と な っ た。
「生 ま れ は 関 係 な い。 努 力 で 道 は 開 け る」 ─ こ の メ ッ セ ー ジ が、 明 治 維 新 直 後 の 日 本 人 の 心 に 直 接 響 い た。
4. 福 沢『学 問 の す ゝ め』 と の 双 璧
1872 年 か ら 1876 年 に か け て、 福 沢 諭 吉『学 問 の す ゝ め』 が 累 計 340 万 部 を 売 り 上 げ た。 同 時 期、 中 村 正 直『西 国 立 志 編』 は 100 万 部 を 超 え た。
二 冊 を 比 べ る と、 主 張 は 重 な り つ つ も 微 妙 に 違 っ た。
- 福 沢『学 問 の す ゝ め』 ─ 「天 は 人 の 上 に 人 を 造 ら ず」。 万 人 が 平 等 で あ り、 学 問 に よ っ て 独 立 す る べ し。 平 等・独 立 の 強 調。
- 中 村『西 国 立 志 編』 ─ 「天 は 自 ら 助 く る 者 を 助 く」。 自 助 努 力 こ そ が 道 を 開 く。 偉 人 の 模 範 か ら 学 べ。 努 力・勤 勉 の 強 調。
二 つ の メ ッ セ ー ジ は、 明 治 の 青 年 た ち の 心 を 二 方 向 か ら 鼓 舞 し た。 「平 等 だ か ら こ そ、 努 力 で 道 が 開 け る」 と。
5. 中 村 正 直 の そ の 後
中 村 正 直 は『西 国 立 志 編』 の 成 功 後、 1873 年 に は 同 時 期 に 帰 国 し た 旧 幕 臣・洋 学 者 (福 沢 諭 吉・森 有 礼・西 周 ら) と 共 に 啓 蒙 結 社「明 六 社 (め い ろ く し ゃ)」 を 結 成。 機 関 誌『明 六 雑 誌』 で 西 洋 思 想 を 紹 介 し 続 け た。
ま た、 同 時 期 に J.S. ミ ル『自 由 之 理』 (On Liberty の 訳) も 訳 刊 し、 明 治 啓 蒙 思 想 の 中 心 人 物 と な っ た。 1875 年 文 部 省 編 書 課 長、 1881 年 元 老 院 議 官、 1889 年 帝 国 大 学 文 科 大 学 教 授 と し て、 明 治 国 家 形 成 に 関 わ り 続 け た。
1891 年 没。 享 年 60 歳。
6. 明 治 の バ イ ブ ル ─ 今 も 残 る 一 句
中 村 が 訳 し た「天 は 自 ら 助 く る 者 を 助 く」 と い う 一 句 は、 21 世 紀 の 日 本 で も、 学 校 ・ ビ ジ ネ ス 書 ・ ス ポ ー ツ コ ー チ の 言 葉 ─ あ ら ゆ る 場 で 引 用 さ れ る。
150 年 を 超 え て 響 き 続 け る、 明 治 の バ イ ブ ル の 一 句 で あ る。
(注:本 文 は、 中 村 正 直 訳『西 国 立 志 編』 (1871) の 第 一 章 と 序 文、 お よ び 関 連 史 料 を、 中 学 道 徳 教 材 と し て 編 集 部 が 再 構 成 し た 解 説 で あ る。 原 書 は 国 立 国 会 図 書 館 デ ジ タ ル コ レ ク シ ョ ン で 全 文 閲 覧 で き る。)
語句の意味
各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について
- 中 村 正 直 (な か む ら ま さ な お) K 1832–1891。 江 戸 出 身、 旧 幕 臣。 通 称 敬 太 郎 (け い た ろ う)、 号 は 敬 宇 (け い う)。 幕 末 1866 年 英 国 留 学。 帰 国 後、 1868 年 (明 治 元 年) 静 岡 に 移 り、 1871 年 静 岡 学 問 所 教 授 と し て『西 国 立 志 編』 を 訳 刊。 後 に 東 京 で 同 人 社 (英 語 塾) を 開 設、 1873 年 明 六 社 結 成 メ ン バ ー (福 沢 諭 吉・森 有 礼 等 と)。 1875 年 文 部 省 編 書 課 長、 1881 年 元 老 院 議 官、 1889 年 帝 国 大 学 文 科 大 学 教 授。 同 時 期 に J.S. ミ ル『自 由 之 理』 も 翻 訳。
- 『西 国 立 志 編』 (さ い こ く り っ し へ ん) K 1871 年 (明 治 4 年)、 中 村 正 直 訳。 サ ミ ュ エ ル・ス マ イ ル ズ『Self-Help』 (1859) の 日 本 語 訳。 全 13 編 (原 著) を 全 11 編 に 編 集 し て 訳 し、「天 は 自 ら 助 く る 者 を 助 く」 を 主 旨 と す る 自 助 論。 明 治 期 だ け で 100 万 部 を 超 え る ベ ス ト セ ラ ー、 福 沢 諭 吉『学 問 の す ゝ め』 と 並 ぶ「明 治 の バ イ ブ ル」 と 評 さ れ る。
- サ ミ ュ エ ル・ス マ イ ル ズ (Samuel Smiles) K 1812–1904。 ス コ ッ ト ラ ン ド 出 身 の イ ギ リ ス 人 著 作 家・医 師・社 会 改 革 者。 1859 年 著『Self-Help』 で 自 助 論 を 体 系 化。 ニ ュ ー ト ン、 シ ェ イ ク ス ピ ア、 ワ ッ ト、 ナ ポ レ オ ン 等 約 300 人 の 偉 人 の 努 力 の 物 語 を 集 め、「個 人 の 努 力 と 勤 勉 が 国 家 を 発 展 さ せ る」 と 説 い た。 ヴ ィ ク ト リ ア 朝 イ ギ リ ス の 価 値 観 を 集 約 し た 著 作 で、 世 界 中 で 翻 訳 さ れ た。
- 「天 は 自 ら 助 く る 者 を 助 く」 (Heaven helps those who help themselves) K ス マ イ ル ズ『Self-Help』 第 一 章 冒 頭 の 名 句 を、 中 村 正 直 が 翻 訳 し た 一 句。 直 訳 す れ ば「天 は、 自 ら を 助 け よ う と す る 者 を、 助 け る」。 「他 人 に 頼 る な、 ま ず 自 ら 努 力 せ よ。 そ う し て 初 め て、 天 (= 運 命・神) は 助 け て く れ る」 と い う 自 助 努 力 の 思 想。 明 治・大 正・昭 和 を 通 じ て 日 本 人 の 座 右 銘 と し て 引 用 さ れ 続 け る。
- 明 六 社 (め い ろ く し ゃ) K 1873 年 (明 治 6 年)、 森 有 礼 が 主 唱 し て 結 成 し た 啓 蒙 思 想 結 社。 中 村 正 直・福 沢 諭 吉・西 周・加 藤 弘 之・西 村 茂 樹 ら 旧 幕 臣 や 洋 学 者 で 構 成。 機 関 誌『明 六 雑 誌』 で 西 洋 思 想 を 紹 介・議 論。 明 治 啓 蒙 思 想 の 出 発 点。
- 静 岡 学 問 所 K 1868 年 (明 治 元 年) 戊 辰 戦 争 で 敗 れ た 徳 川 慶 喜 が 静 岡 (駿 府) に 移 封 さ れ た 際、 旧 幕 臣 子 弟 教 育 の た め に 設 立。 中 村 正 直、 津 田 真 道、 西 周 ら が 教 授 と し て 招 か れ、 多 く の 旧 幕 臣 が 学 ん だ。 こ こ で 中 村 が『西 国 立 志 編』 を 訳 刊。 こ の 学 問 所 が 後 の 旧 幕 臣 系 知 識 人 の 結 集 点 と な っ た。
- 100 万 部 超 の ベ ス ト セ ラ ー K 『西 国 立 志 編』 は 1871 年 初 版 か ら 明 治 期 を 通 じ て 累 計 100 万 部 以 上 を 売 り 上 げ た。 当 時 の 日 本 の 識 字 人 口 を 考 え れ ば、 こ れ は 圧 倒 的 な 普 及 で あ っ た。 福 沢 諭 吉『学 問 の す ゝ め』 (1872-76 年 累 計 約 340 万 部) と 並 ぶ 二 大 ベ ス ト セ ラ ー。
考えてみよう
- 「天 は 自 ら 助 く る 者 を 助 く」 と い う 言 葉 は、 自 助 と 神 の 加 護 の 関 係 を ど う 表 現 し て い ま す か? 自 分 の 言 葉 で 説 明 し て み ま し ょ う。
- 中 村 正 直 が 訳 し た『西 国 立 志 編』 が 100 万 部 を 超 え る ベ ス ト セ ラ ー と な っ た 背 景 を、 明 治 期 の 社 会 状 況 か ら 考 え て み ま し ょ う。
- 福 沢 諭 吉『学 問 の す ゝ め』 と 中 村 正 直『西 国 立 志 編』 が 並 ぶ「明 治 の バ イ ブ ル」 と 呼 ば れ る 理 由 を、 そ れ ぞ れ の 主 張 か ら 比 較 し て み ま し ょ う。
指導要領との対応
このページは、文部科学省「中学校学習指導要領(平成29年告示)」道徳 第1学年の 以下の指導事項を意識して編集しています。
- 中学道徳 — 希 望 と 勇 気 ・ 自 助 ・ 努 力 / 異 文 化 理 解
※ 文部科学省告示の本文ではなく、編集者による要旨の言い換えです。 正確な指導事項は文部科学省の公式資料を参照してください。
関連する教材
『文明論之概略』第一章 — 福澤諭吉
「議論の本位を定むる事」── 明治初期、福澤諭吉が日本社会の方向を決定づけた巨大な文明論の冒頭。「軽重・長短・善悪・是非」を判断する基準は、立つ位置によって変わる。日本が西洋に学ぶべきかどうか、その「議論の出発点」を問い直す名章。
教育ニ関スル勅語(教育勅語)— 1890年の理念と1948年の失効
「朕惟フニ我カ皇祖皇宗…」— 1890年に発布され、58年間日本の教育の根本指針とされ、1948年に国会で「排除」「失効確認」された315字の文書。なぜ生まれ、なぜ失効したのか。原文に向き合い、批判的に読み解く。
アメリカ独立宣言 抜粋 — 1776年7月4日
「われわれは、これらの真理を自明のものと信じる ── すべての人は平等に造られている」── 1776年7月4日、英国植民地アメリカが独立を宣言した歴史的文書。近代民主主義の出発点となった、ジェファーソンによる不朽の名文。
巌 谷 小 波『さ る か に 合 戦』 ─ 仇 を 討 つ 蟹 の 物 語
「お む す び こ ろ り ん で 拾 っ た 柿 の 種」── 蟹 が 親 切 で 育 て た 柿 の 木 を、 ず る い 猿 が 横 取 り。 怒 っ た 子 蟹 と 仲 間 (蜂・栗・臼・牛 糞) が 力 を 合 わ せ て 仇 を 討 つ 日 本 昔 話。 巌 谷 小 波 (1870–1933) が 整 え た 児 童 文 学 の 古 典 を、 小 3 国 語 で 読 も う。
学習メモ
メモはこのブラウザーに自動保存されます。学習データの画面からバックアップできます。
AI 先生に聞く
教材の内容について、AI に質問できます。実験的な機能です。 AI は時に誤った内容を答えることがあります。最終的には自分で考え、 本文を確認してください。
この教材を改善する
誤字・誤訳・事実誤認の報告、語注や発問への提案など、現場での気づきを直接 GitHub Issue に投稿できます。GitHub アカウントがあれば誰でも参加できます。
出典・ライセンス
- 原文: 中村正直 (なかむら まさなお) / 原著 Samuel Smiles (サミュエル・スマイルズ)「中 村 正 直『西 国 立 志 編』 ─ 明 治 の バ イ ブ ル」(1871年)
- 入力テキスト: 中村正直訳『西国立志編』 (1871, 山本書店) / 原著 Self-Help (1859, John Murray) (底本:中 村 正 直 が 1871 年 (明 治 4 年) に 訳 刊 し た、 サ ミ ュ エ ル・ス マ イ ル ズ『自 助 論』(Self-Help, 1859) の 翻 訳 書。 明 治 期 に 100 万 部 を 超 え る ベ ス ト セ ラ ー と な り、 「天 は 自 ら 助 く る 者 を 助 く」 の 一 句 で 明 治 の 青 年 た ち を 鼓 舞 し た。 福 沢 諭 吉『学 問 の す ゝ め』 と 並 ぶ 明 治 啓 蒙 思 想 の 双 璧 と さ れ る。)
- 原文の権利: パブリックドメイン
- 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors