マ イ ナ ス の 数 ─ 中 国 古 代 と 7 世 紀 イ ン ド の 発 見
中学校 数学 第1学年 正 の 数・負 の 数数 学 史数 の 概 念 目安 25 分
学習のめあて
- マ イ ナ ス の 数 の 概 念 と 加 減 規 則 を 理 解 す る
- 負 の 数 が 歴 史 的 に ど の よ う に 発 見・受 容 さ れ た か を 知 る
- 中 国・イ ン ド の 数 学 史 に 触 れ る
本文
マ イ ナ ス の 数 ─ 人 類 2000 年 の 旅
1. 中 国 ─ 紀 元 前 1 世 紀 の 算 木
今 か ら 2000 年 以 上 前、 古 代 中 国 の 漢 の 時 代 に、 す で に「マ イ ナ ス の 数」 は 計 算 さ れ て い た。
『九 章 算 術』 と い う 数 学 書 の 第 8 章「方 程」 で、 こ う 述 べ ら れ て い る。
「正 の 数 と 負 の 数 を 同 じ 計 算 の 中 に 混 ぜ る と き、 同 名 (同 じ 符 号) 相 除、 異 名 (違 う 符 号) 相 益 と す る」
つ ま り、 (-3) + (-5) = -8 (同 じ 符 号 な ら そ の ま ま 足 し て 符 号 を 維 持)、 (+3) + (-5) = -2 (違 う 符 号 な ら 差 を と る) ─ 現 代 の 中 学 1 年 で 学 ぶ の と 全 く 同 じ 規 則 で あ る。
古 代 中 国 で は、 「算 木」 と い う 計 算 用 の 棒 を 使 い、 赤 い 棒 で 正 の 数、 黒 い 棒 で 負 の 数 を 表 し た。 こ れ が 世 界 最 古 の「マ イ ナ ス の 数 の 視 覚 化」 で あ る。
2. イ ン ド ─ 7 世 紀 の ブ ラ フ マ グ プ タ
7 世 紀 の イ ン ド に、 ブ ラ フ マ グ プ タ (598–668) と い う 数 学 者 が い た。 彼 は 628 年、 『ブ ラ フ マ・ス プ タ・シ ッ ダ ー ン タ』 と い う 天 文・数 学 書 を 著 し、 0 と 負 の 数 の 演 算 規 則 を 体 系 的 に ま と め た。
ブ ラ フ マ グ プ タ が 述 べ た 規 則 (現 代 風 に 書 き 直 す と):
「正 + 正 = 正」(財 産 + 財 産 = 財 産) 「負 + 負 = 負」(借 金 + 借 金 = 借 金) 「正 + 負 = 差 を と る」(財 産 と 借 金 を 合 わ せ て 差 を と る) 「正 × 正 = 正、 負 × 負 = 正、 正 × 負 = 負」 「0 × ど ん な 数 = 0、 0 + ど ん な 数 = そ の 数」
特 に「負 × 負 = 正」 ─ 「マ イ ナ ス か け る マ イ ナ ス は プ ラ ス」 ─ と い う 規 則 を、 ブ ラ フ マ グ プ タ は 既 に 明 確 に 述 べ て い た。 中 学 1 年 で 出 会 う 不 思 議 な 規 則 で あ る が、 こ れ は 7 世 紀 か ら 知 ら れ て い た の だ。
3. ヨ ー ロ ッ パ ─ 16 世 紀 ま で の 抵 抗
し か し 不 思 議 な こ と に、 ヨ ー ロ ッ パ で は 負 の 数 は 16 世 紀 ま で 受 け 入 れ ら れ な か っ た。
古 代 ギ リ シ ア の 数 学 (ピ タ ゴ ラ ス、 ユ ー ク リ ッ ド、 ア ル キ メ デ ス) は、 数 を「幾 何 学 的 な 長 さ」 と し て 捉 え て お り、 「長 さ が マ イ ナ ス」 と い う 概 念 を 認 め な か っ た。 中 世 の ヨ ー ロ ッ パ で も、 ア ラ ビ ア 経 由 で イ ン ド の 数 学 が 伝 わ っ た 後 も、 「負 の 数 (numeri absurdi = ば か げ た 数)」 と 呼 ば れ て、 真 剣 に 扱 わ れ な か っ た。
16 世 紀 イ タ リ ア の カ ル ダ ー ノ (1501-1576) が、 三 次 方 程 式 の 解 法 で 負 の 数 (そ し て 虚 数) を 使 い 始 め た。 17 世 紀 フ ラ ン ス の デ カ ル ト (1596-1650) が、 座 標 軸 で「マ イ ナ ス の 数 を、 ゼ ロ よ り 左 の 数 と し て 図 形 的 に 表 す」 こ と を 発 明 し て、 よ う や く 負 の 数 が 普 通 の 数 と し て 受 け 入 れ ら れ た。
中 国 や イ ン ド か ら、 ヨ ー ロ ッ パ ま で、 約 1000 年 〜 2000 年 の 遅 れ で あ っ た。
4. 数 の 概 念 の 拡 大
人 類 の 数 学 史 は、 「ど ん な 数 を 認 め る か」 の 拡 大 の 歴 史 で あ る。
- 1, 2, 3, … (自 然 数) → 古 代 か ら
- 0 (ゼ ロ) → 5 世 紀 イ ン ド
- マ イ ナ ス の 数 (負 の 数) → 前 1 世 紀 中 国 / 7 世 紀 イ ン ド
- 分 数 (有 理 数) → 古 代 エ ジ プ ト・ギ リ シ ア
- √2 の よ う な 無 理 数 → ピ タ ゴ ラ ス 学 派 (前 5 世 紀、 し か し 受 容 に 時 間)
- 虚 数 i → 16 世 紀 イ タ リ ア (カ ル ダ ー ノ・ボ ン ベ リ)
新 し い 数 を 認 め る た び に、 数 学 の 世 界 は 広 が っ て き た。 マ イ ナ ス の 数 を 「ば か げ た 数」 と 拒 否 し た ヨ ー ロ ッ パ も、 や が て 受 け 入 れ た。
あ な た が 今 日 学 ぶ「マ イ ナ ス の 数」 は、 2000 年 前 の 中 国 と 1400 年 前 の イ ン ド か ら、 長 い 旅 を し て あ な た の ノ ー ト に 届 い た 数 な の で あ る。
語句の意味
各見出し語をクリックすると、外部辞書で詳しい意味を調べられます。 ※ Wiktionary について
- マ イ ナ ス の 数 (負 の 数・negative numbers) K ゼ ロ よ り 小 さ い 数。 -1, -2, -3, ... マ イ ナ ス 記 号「-」 を 数 の 前 に つ け て 表 す。 借 金・気 温・標 高 (海 抜) な ど、 「基 準 点 よ り 下 や 不 足」 を 表 現 で き る 数。 中 学 1 年 数 学 で 学 ぶ。
- 『九 章 算 術』 (く し ょ う さ ん じ ゅ つ) K 古 代 中 国 の 数 学 書。 漢 代 (前 1 世 紀 頃) に 編 纂 さ れ た と さ れ る。 9 章 か ら な り、 246 の 数 学 問 題 と 解 法 を 収 録。 第 8 章「方 程 (ほ う て い)」 で「正 負 術 (せ い ふ じ ゅ つ)」 と 呼 ば れ る 負 の 数 の 加 減 規 則 が 説 か れ る。 こ れ は 世 界 最 古 の 負 の 数 の 体 系 的 記 述 と 評 さ れ る。
- 正 負 術 (せ い ふ じ ゅ つ) K 『九 章 算 術』 第 8 章 で 述 べ ら れ る、 負 の 数 の 加 減 規 則。 古 代 中 国 で は、 算 木 (計 算 用 の 棒) の 赤 を 正 の 数、 黒 を 負 の 数 と し て 区 別 し た。 「同 名 相 除、 異 名 相 益 (同 じ 符 号 な ら 引 き、 異 な る 符 号 な ら 足 す)」 な ど、 現 代 の マ イ ナ ス の 数 の 計 算 と 同 じ 規 則 が 記 述 さ れ て い る。
- ブ ラ フ マ グ プ タ (Brahmagupta) K 598–668。 古 代 イ ン ド の 数 学 者・天 文 学 者。 ラ ジ ャ ス タ ン 地 方 で 活 動。 628 年『ブ ラ フ マ・ス プ タ・シ ッ ダ ー ン タ』 を 著 し、 0 と 負 の 数 の 演 算 規 則 を 体 系 的 に 確 立。 「負 + 負 = 負」「正 + 負 は 差 を と る」「負 × 負 = 正」 な ど、 現 代 と 同 じ 規 則 を 整 理。 イ ン ド 数 学 の 黄 金 期 の 代 表 人 物。
- 「負 × 負 = 正」 の 規 則 K 「マ イ ナ ス か け る マ イ ナ ス は プ ラ ス」 と い う 中 学 1 年 で 戸 惑 い や す い 規 則。 7 世 紀 の ブ ラ フ マ グ プ タ が 既 に 明 確 に 述 べ て い た。 借 金 (-) を 失 う (-) と、 結 果 と し て 財 産 が 増 え る (+)、 と い う 直 観 で 説 明 で き る。 厳 密 に は 数 の 体 系 (環) の 整 合 性 の 帰 結。
- ヨ ー ロ ッ パ で の 負 数 の 受 容 K 古 代 ギ リ シ ア・ロ ー マ で は 負 数 は 知 ら れ て い た が、 「あ り え な い 数 (numeri absurdi)」 と さ れ、 計 算 規 則 と し て は 受 け 入 れ ら れ な か っ た。 16 世 紀 イ タ リ ア の カ ル ダ ー ノ (1501–1576) が 三 次 方 程 式 の 解 法 で 負 数 を 使 い 始 め、 17 世 紀 フ ラ ン ス の デ カ ル ト (1596–1650) が「座 標 軸」 で 負 の 数 を 図 形 的 に 表 し て 以 降、 よ う や く 普 通 の 数 と し て 受 け 入 れ ら れ た。 イ ン ド か ら 約 1000 年 遅 れ た。
- 算 木 (さ ん ぎ・さ ん て い し) K 古 代 中 国・日 本 で 使 わ れ た 計 算 用 の 棒。 縦 横 に 並 べ て 数 を 表 し、 加 減 乗 除 を 行 う。 赤 い 棒 で 正 の 数、 黒 い 棒 で 負 の 数 を 表 し た こ と が、 世 界 最 古 の「正 負 の 概 念 の 分 離 表 示」 で あ る。 日 本 で は 江 戸 時 代 の 関 孝 和 (1642–1708) も 算 木 を 用 い て 高 度 な 数 学 を 展 開 し た。
考えてみよう
- 古 代 中 国 で は 算 木 の「赤」 と「黒」 で 正 負 を 表 し ま し た。 現 代 で「+」「-」 を 使 う の と、 何 が 共 通 し、 何 が 違 う で し ょ う か?
- 「マ イ ナ ス か け る マ イ ナ ス は プ ラ ス」 の 規 則 を、 借 金 と 財 産 の 例 で 自 分 の 言 葉 で 説 明 し て み ま し ょ う。
- 中 国 (前 1 世 紀) と イ ン ド (7 世 紀) で 早 く 受 け 入 れ ら れ た 負 数 が、 ヨ ー ロ ッ パ で 16 世 紀 ま で 抵 抗 を 受 け た 理 由 を、 文 化・思 想 の 視 点 か ら 考 え て み ま し ょ う。
指導要領との対応
このページは、文部科学省「中学校学習指導要領(平成29年告示)」数学 第1学年の 以下の指導事項を意識して編集しています。
- 中学数学 第1学年 — A. 数 と 式 ─ 正 の 数 と 負 の 数
※ 文部科学省告示の本文ではなく、編集者による要旨の言い換えです。 正確な指導事項は文部科学省の公式資料を参照してください。
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出典・ライセンス
- 原文: 編集部 (古代中国・古代インド・近世ヨーロッパに基づく)「マ イ ナ ス の 数 ─ 中 国 古 代 と 7 世 紀 イ ン ド の 発 見」(628年)
- 入力テキスト: 編集部による教材化 (底本:『九 章 算 術』 (前 1 世 紀 編 纂、 公 開 中 国 古 典) に「正 負 術 (せ い ふ じ ゅ つ)」 と し て 負 の 数 の 加 減 規 則 が 記 さ れ る (歴 史 上 最 古)。 7 世 紀 イ ン ド の 数 学 者 ブ ラ フ マ グ プ タ (Brahmagupta, 598–668) は『ブ ラ フ マ・ス プ タ・シ ッ ダ ー ン タ』 (628 年) で 0 と 負 の 数 の 演 算 規 則 を 体 系 的 に 確 立。 中 学 1 年 数 学 で「正 の 数・負 の 数」 を 学 ぶ 単 元 の 物 語 教 材。)
- 原文の権利: パブリックドメイン
- 編集・語注・発問・解説: CC BY 4.0 © project_procopios contributors